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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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あれ?声が?インクから聞こえるよ?

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「あらいけない。風邪薬買い忘れてたわ。
 それに人参も。ああ、ティッシュも買ってない」

母親は買い物の袋を家であらためながら、
買い忘れに気付いてた。

ちらりとのぞくと、明らかに必要なさそうなものもある。

「万年筆なんて……どこで使うんだよ」

「だって、安かったし~~。外は雨だったし。
 それになんだか懐かしいじゃない?」

余計なものを買って、肝心なものを忘れるなんて
それこそ買い物の本末転倒な気がするが。

でも、万年筆なんていまどき珍しい。

好奇心に負けて使ってみることにした。

「うーーん。ボールペンよりは使いにくいなぁ。
 つか、これインクちゃんと入ってるのか?
 なんだか随分と出が悪いけど」

万年筆を分解してみるとインクはMAX。
単に俺の書き方が悪いんだとわかったが……。


『声インク』


インクを入れているチューブにはそう書いてあった。

「なんだ声インクって」

書いた文字に耳を近づけても何も聞こえない。
ましてインクを顔に寄せても何もしゃべらない。

「ぜんぜんダメじゃないかよ」

そういった後、万年筆を治して文字を書いてみる。
自分の名前を書いた瞬間、文字から声が聞こえてきた。


『ぜんぜんダメじゃないかよ』
『ぜんぜんダメじゃないかよ』
『ぜんぜんダメじゃないかよ』

「な、なんだ!? 文字が! 書いた文字がしゃべってる!」

さっきインクにしゃべりかけた声が文字から出ている。
『ああああ』という文字から、声が聞こえてくるなんて!

この超常現象を母親に見せてみると、

「ええ? 全然聞こえないわよ」

「うそだ! こんなに聞こえてるなじゃいか!」

「全然ダメ。あなた全然だめね」

「……ん?」

インクの声は俺にしか聞こえない。
でも、それだけじゃなかった。

聞こえてなくても、聞こえている。

母は文字を見ている間はずっと俺のことを
『ぜんぜんダメ』とばかり言っていた。

「ふふーーん、いいこと思いついちゃったぜ!」

俺は万年筆を学校の筆箱に入れた。

 ・
 ・
 ・

「健吾ぉーー、ノート見せてくれよ」

「ああ、わかった」

友達に貸す予定のノートを万年筆で書く。
書く前にはもちろんインクに声をなじませる。

「佐藤健吾はかっこよくて最高の友達だ、っと」

ノートを貸したあとは、友達との関係が一気に深まった。

「健吾、お前は本当に最高の友達だよ!
 お前みたいなかっこいい男と仲良くなれて嬉しいぜ」

「ふふふ、そうだろそうだろ」

インクの声は俺にしか聞こえない。
だからこそ、気付かないところで洗脳することができる。

今度は好きな女の子に手紙を書いた。
手紙を書く前に万年筆インクに声を溶かす。

「健吾くんのことは昔から憧れていて大好きでした、っと」

手紙を下駄箱に入れると、
好きな女の子は俺の声刷り込みのまま告白してくれた。

「健吾君のこと……前から、ずっと好きでしたっ!」

「そうだよね、そうだよねぇ」

友達も彼女もできても俺の快進撃は止まらない。
6時間目の数学のテストの前に、万年筆を取り出す。

「これだけ計算しているんだから○にしてあげるべきだ、っと」

テストが始まると、いつものシャープペンではなく
修正のきかない万年筆で計算を始めた。

もともと数学が苦手な俺なので、
正しい答えを書くつもりは最初からなかった。

とにかく大量の途中計算を空白びっしりに書き詰めた。

採点が終わると、先生が返却をはじめた。

「健吾、よくやったな。
 答えはひとつも合っていなかったが
 これだけ計算したお前を先生は高く評価する。満点!!」

「やったぁ!!」

数学テスト前代未聞の"途中計算だけで満点"が起きた。
きっと採点中も俺の聞こえない声を聴いていたに違いない。

まったく、この万年筆は最高だ。


がりっ。

「あれ?」

テストが終わると、万年筆インクの出が悪くなった。
大量の計算式でインクを使いすぎたんだろうか。

家に帰ると、母親の鼻先に万年筆をつきつける。

「あらおかえり。ボールペン見なかった?
 さっきから探してるんだけど見つからなくて」

「それより! 万年筆っ!
 この万年筆はどこで買ったの!?」

「どこだったかしら。
 スーパーの廃棄商品棚にあったから」

「インクは!? インクはあった!?」

「あったけど。でも、もう全部廃棄されたんじゃない?
 いまどき万年筆なんて誰も使わないから」

「え、ええ~~……」

言われてみれば納得。
そもそも文字を書く習慣すらすたれ始めているのに
文豪でもない一般人が万年筆なんて買うわけない。

となると、今ある声インクだけが最後だ。

「これは大事に使わないとな……!」

残りわずかに残された声インク。
書ける文字量もそう多くないから声を詰めなくては。

「健吾君にはお金を貢ぎたくなる優しい男で、
 見かけると友達になりたくなって、顔もイケメンで――」

のべ30分の大演説。
すべて俺をほめたたえる内容をインクになじませた。

「よっし、この万年筆で書いた文字からは
 強烈な俺のアピールが届くに違いない!」

俺は万年筆を置いて自分の部屋に戻る。
何度も文字を見せたりできるように、
頑丈な紙を探すことに。

「健吾~~。おつかい行ってきてくれる~~?」

「このタイミングで!?」

「だってぇ風邪薬とか買い忘れたし、外は風強いんだもん~」

いや待てよ。
もしかしたら、買い物先で予備インクが見つかるかもしれない。

「おつかいやるよ! いくらでもやるっ!」

「あら、いつになくやる気じゃない。
 それじゃお願いね。メモはこれだから」

意気揚々と外に出る。
インクがもしまだ売っていたら何を吹き込もうか。

宝くじを当たりにさせようか。
家電をめちゃくちゃ値引きしてもらおうか。

夢が広がっていると、強く風が吹いて買い物メモが俺の顔に直撃した。

「っぷは。危ない危ない。
 買い物メモが飛ばされるところだった。
 ……あれ? なんかにじんでる?」

買い物メモに書かれている文字はにじんでいた。
ボールペンでは起こりえないインクのにじみが。

「まさか母さん……俺の万年筆で買い物メモを……!」

そして、今。
メモが飛んだときにインクは俺の顔に……。



『健吾君にはお金を貢ぎたくなる優しい男で、
 見かけると友達になりたくなって、顔もイケメンで――』

『健吾君にはお金を貢ぎたくなる優しい男で、
 見かけると友達になりたくなって、顔もイケメンで――』

『健吾君にはお金を貢ぎたくなる優しい男で、
 見かけると友達になりたくなって、顔もイケメンで――』


「うるせぇぇぇ!!」

自分の顔から聞こえてくる洗脳大演説。
俺が近くの水たまりに顔を突っ込むまで1秒もかからなかった。