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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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ディストピアを見ているのは誰?

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「あなた。サトシの成績がまた落ちたのよ」

「なんだ成績くらい。
 そんなにがみがみ言うことじゃないだろ」

「成績くらい? 何言っているのよ。
 成績が悪くなれば就職も不利になる。
 あの子の将来にも大きく影響するのよっ」

「わかった、わかったって。怒るなよ。
 だからといって、サトシが頑張らなきゃ仕方ないだろ?
 俺たちが勉強するわけじゃないんだし」

妻は夫の言葉を聞いて、
かねてから考えていた言葉を口にした。

「それでね、相談なんだけど……。
 サトシを"ディストピア"に送ろうと思うの」

「でぃす……とぴあ?」

「ディストピア。
 "こうはなりたくない"という現実を見せるのよ。
 反面教師みたいな感じ。
 今なら初回無料で体験できるみたいなの」

「あーー……まあいいんじゃないか」

夫はこれ以上のいざこざを切り上げるべく、
安易に答えを出した。

数日後、保護者同伴で息子のサトシはディストピアへと行くことに。

着いた先で待っていたのは人ひとり入れるカプセル。

「あ、てっきり完全に隔離されるのかと思ってました」

「いえいえ。あくまで、そんな夢を見せるだけです。
 現実と区別つかないディストピアの夢を見せて、
 現実に戻った時に"ああはなりたくない"と活力にしてもらうんです」

息子のサトシはカプセルの中に入って、
間もなく静かに眠りのふちへと入っていた。

息子の夢の様子は別のモニターで確認できた。


『ダメですね。あなたみたいな学歴ない人は雇えませんよ』
『えぇ~~高卒ぅ? いまどき? ありえなぁ~い』
『年金いつまで親に頼るつもりだ。働け』

「あなた、見て。私たちよ」

「すごいな。ディストピアの夢の中では
 俺たちも出ているのか」

「ええ、うちはリアリティ追及ですから。
 それに、ご両親からのプレッシャーというのも
 なかなか子供にとってはつらいものがあるんですよ」

モニターの中での息子は荒れに荒れていた。


尾を引く就職難。
周囲からの軽蔑。
親からの圧力。

『なんでだよ!! 僕は社会不適合者か!
 くそったれ! 学歴ないだけで……っ。
 学歴がないだけでどうしてこんな思いしなくちゃいけないんだっ!!』


「ディストピア終了です」

カプセルが開くと、青い顔をしたサトシがいた。

「サトシ、大丈夫か?
 今までのはディストピア。夢なんだ」

「……父さん……。
 僕、頑張るよ。勉強……頑張るよ。
 あんな未来に……あんな未来になりたくない」

それから息子の成績は右肩上がり。
見違えるように努力するようになった。

けれど、家庭内の雰囲気はけして良くはならなかった。

「……また今日も"もやし炒め"かよ」

「文句言わないで。あなた好きだって言っていたじゃない」

「毎日もやし食わされて嬉しいわけないだろっ!」

「しょうがないじゃないっ!
 お父さんの給料が下がっちゃったんだからっ!」

「…………」

夫はなにも言わずに黙々と食事を続けている。
言いたい言葉も、返したい言葉もぐっとこらえて。

この歳でリストラされ、再就職先もままならず
今は年下にこき使われてのアルバイト生活。

息子の学費を払うのが精いっぱいの状況。

「あなた、なんとかならないの?」

「なんとかって……。
 これでも努力しているんだよ」

「努力? 努力ってなによ!?
 安いバイトで家族を苦しい思いさせるのが努力!?
 もっとちゃんとした仕事だってあるはずじゃない!」

「勝手なこと言うな! 俺だって……俺だってなぁ!」

「父さんも母さんもうるせぇよ!!」

息子はテーブルをばんと叩いて離れてしまった。
この日を境に、家族が同じテーブルにつくことはなかった。





「……別れましょう」

「……ああ」

二人が離婚を決意するのはごく自然な流れだった。

「サトシは俺が預かるから」

「ちょっと待ってよ。
 こういうのは母親である私でしょう?」

「お前は収入先がまだないじゃないか!」

「自分のことを何一つできないあなたに
 サトシと一緒に暮らすなんてできないわ!」

「お前に俺の何がわかるっていうんだ!」

二人は離婚届を挟んで言い争いをはじめた。
そこに息子のサトシがはっきりと告げた。

「僕は家を出ていく。
 父さんも母さんとも暮らさない。
 もうこれ以上僕の足を引っ張らないでくれ」

「サトシ……」

「僕は努力して努力して成功への切符をつかんだんだ。
 誰にも僕の人生を邪魔させてたまるか」

サトシは家を出て行ってしまった。
子供がよくやる衝動的なものではない。
本格的な決意のこもった足取りだった。

「ああ……なんでこんなことに……。
 すべてリストラのせいだ……。
 あれからすべてが狂ったんだ」

夫は頭を抱えてテーブルにつっぷした。

「リストラされて給料が一気に減って……。
 金がないから人脈もできなくて……。
 息子には縁を切られて……」

夫は頭をかきむしる。
ぼろぼろと髪の毛と一緒に後悔も落ちていく。

「どうしてもっと努力しなかったんだろう。
 どうしてもっとリストラに危機感を持たなかったんだろう。
 どうしてもっと資格を取ってなかったんだろう。

 どうして……どうして……どうして……」

「あなた、もう過去を蒸し返すのはやめて!
 どうにもならないじゃない!!」

「こんなのはウソだ!!
 わかってるぞ! これはディストピア!!
 現実じゃない!! そうだろ!?」

「ちがうわっ!
 ここが現実なのよっ!」

夫の目は血走っていた。
何かから逃げるような必死さが瞳にこもっている。

「いいや、俺はわかってる! これはウソだ!
 こんなトントン拍子に不幸になるものか!
 これはディストピア! 全部ぜーーんぶウソなんだ!」

「あなた! 私の話を聞いて!」

「俺を更生させるためのディストピアなんだろ!?
 だったら何をしてもいいんだ! あはははははっ!
 何もかもぶっ壊してやる!

 そうとも! ここはディストピア! 反面教師!
 現実じゃ絶対にしたくないことほどすべきなんだ!!」

夫は自分自身を殴り、壁を壊していく。
そして、向き直ると妻の首に手を回した。

「がっ……なっ……なにをっ……」

「ああ、愛しているよ。妻よ、愛している。
 だからこそ、死ぬんだ。
 ここはディストピアだからな。

 ディストピアでお前を殺せば、きっと喪失感に襲われる。
 それは現実にいる俺にもきっといい経験になるはずだ」

「たっ……助けっ……」

「俺のディストピアなんだ。すべて大丈夫。
 現実の俺のために、どうかいい教材になってくれ。
 現実の俺に"こうはなりたくない"って思わせてくれぇぇ!!」



ごきっ。

夫の手の中でたしかな手ごたえがあった。


※ ※ ※


プシューー……。

カプセルが開く。

「お疲れさまでした。
 いかがでしたか? ディストピアは?」

「絶対にあんな世界にはいきたくないです……」

「効果てきめん、ですね。
 私どもとしても大変光栄に思います」

「それで、さっきのディストピアは