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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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入れ墨のマイ愛人

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「あなた、ヒゲ剃ったら?
 髪も伸びっぱなしじゃない」

「ああ、わかったよ。うるさいな。
 いってきます、飯はいらないから」

妻を煩わしく感じたのはいつからだろう。
あれほど愛していたはずなのに、
今となったら口うるさい九官鳥だ。

かといって、離婚して新たな伴侶を見つけられるわけでもなく
愛人ができるほどモテるわけでもない。

「愛人をお探しですか?」

「うわっ!?」

見るからに怪しそうな商人が声をかけてきた。

「簡単に愛人が手に入るところ、知っていますよ」

「本当かよ!!」

その言葉にのせられて商人についていき、
入れ墨の店の前に立たされた瞬間、深く後悔した。

「や、やっぱり……俺帰ろうかな……」

「ここまで来て何をおっしゃるんです。
 さぁさ、中に入ってください」

入れ墨の店に入ると、器具らしいものは一切ない。
その代りに、ホステスのような美人が出迎えた。

「「 いらっしゃいませ~~ 」」

「これは……入れ墨の店、なんですよ……ね?」

「ええ、愛人入れ墨ですよ。
 さぁ、お好きな子を選んでください」

「逆に、女の子に入れ墨するとか?」
「そういうことはしませんって」

店の中で一番若くてタイプな子を選ぶと、
商人もとい店主はシリコンのようなシートを女の子の全身にはっつけた。


べりべりべり。

シールでもはがすようにめくると、
大きなシートには女の子の全身が写っている。

それを火であぶると、シートはみるみる縮んで手のひら大になった。

「あの……なにをしてるんです?」

「こうするんですよ」

店主は小さくなったシートを俺の腕にはっつけた。
めくると、シートにプリントされた女の子が俺の皮膚に移った。

「はい、入れ墨完了です」
「よろしくねっ♪」

「す、すごい! 皮膚の中に入ってる!」

「肌なんてそうそう人に見せるものじゃないでしょう?
 愛人を隠すには最適の場所なんですよ」

「ありがとうございます!」

入れ墨愛人を手に入れてからは、
俺の日常はまるで水を得たように充実した

入れ墨なのでケータイで連絡を取り合う必要もない。
服を着ていればわからないし、見つかりそうになれば
皮膚の中を移動してもらえば大丈夫。

「あなた、どうしたの? ニヤニヤして。
 それより髪。早く切ってね」

「ああ、わかってるよ」

しなびた枯れ木のような妻と顔を合わせるよりも、
俺は自分の肌に話しかける時間が増えていった。

しばらくして、俺は再び入れ墨店にやってきた。

「いらっしゃいませ。その後、どうですか?」

「ええ、最高に充実していますよ。
 皮膚の中とはいえキスもできますしね」

「それで、今日はどういったご用件で?」

「新しい愛人をたくさん入れにきました」

妻の指輪よりも高い金額を店主に積んだ。

惜しいと思う気持ちはない。
むしろ、この程度の金額で愛人が手に入れられることに満足している。

「わかりました。では、この店の女の子全員を
 あなたの皮膚の中に入れましょう」

店主は大量のシリコンシートを用意しては
女の子のシールづくりに必死になり、
入れ墨作業が終わるのはすっかり日が暮れたころだった。

「終わりましたよ。お疲れ様です」

「「「 よろしくお願いします♪ 」」」

肌の内側から女の子の声が聞こえてくる。
まるでアイドルユニットみたいだ。
AIJ(あいじん)48とでもつけようか。

「ありがとうございます!
 これで俺の日常はバラ色ハーレムです!」

家に帰ると、妻が旅の雑誌を眺めていた。


「ねぇ、明日の連休があるじゃない?
 ふたりで温泉行きましょうよ」

「い、いやお前ひとりいいんじゃないか……?」

俺は一人の部屋で、AIJ48といちゃいちゃしたいんだよ。
それに温泉なんてとても入れない。

これだけ肌にびっしり入れ墨入れている以上は
いくら皮膚の中を動けたとしても隠す限界がある。

「ふぅん、まあいいけど。
 それより、もう夏も近いのにいつまで長袖着てるの?」

「え!? あ、あぁ、これ!?
 夜はまだまだ冷え込むからなぁ!」

「……なにか隠してない?」

「隠してない隠してない!」

「言っておくけど、何か隠すのは女の方が上手なの。
 あなたが何か隠していてもすぐにバレるんだからね」

「何も隠してないって!」

ダラダラと冷汗が流れる。
俺の汗が流れる額を、妻がぺちんと叩いた。

「痛っ。なにするんだ」

「おまじない。私が温泉行っていても浮気しないっていうおまじない」

「ハハハ……浮気ナンテシマセンヨー……」

翌日、妻は温泉へとひとりで向かった。
妻が家を出たのを確認すると、服を脱いではしゃいだ。

「ひゃっほーー! これで俺は自由だ!
 嫁がいないから好き放題できるぜ!

 みんな出ておいで!!」


しん……。


「あれ? みんな?」

服を脱いで体のあちこちを探しても、愛人は誰もいない。
いったいどうして。

家から店に電話をかけると真実がわかった。

『入れ墨が消えた?
 そうですねぇ、ごくまれに女の子が皮膚にいずらくなると
 皮膚から逃げ出してしまうことがあるんです』

「それじゃ逃げちゃったんですか?」

『ええ。でも、それはこちらの責任でもあるので
 無料で入れ墨を入れ直しますよ。
 今度お店に来てください』

「すぐ行きたいんですけど!」

『立てつづけに愛人入れ墨入れることは皮膚に良くありません』

そんなわけで、愛人とイチャラブ連休計画はみごと失敗に終わった。
せっかく嫁が家にいないというのに。

「いったいどうしていなくなったんだよ、もう……」

こうなると時間を持て余す。暇だ。
視界に入って来た毛先すら意識するように。

「……髪でも切るか」

暇つぶしも兼ねて美容室にいく。
連休だというのにすいていた。

「いらっしゃいませ。今日はどれくらい切りますか?」

「ばっさり切っちゃってください」

「かしこまりました」

伸びに伸びまくった前髪を切ったときだった。


「あっ……!!」

あらわになった額には、
鬼の形相で仁王立ちする妻の入れ墨が入っていた。


"おまじない。私が温泉行っていても浮気しないっていうおまじない"


「ま、まさか……愛人が逃げ出したのって……。
 俺の額に嫁の入れ墨があったから……」

鏡越しに見える入れ墨妻は般若のようになっていた。

「あなた!! なに浮気してんのよッ!!」

「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい!!」

皮膚を縦横無尽に動き回る入れ墨妻によって、
さんざんつねられたりしてお灸をすえられた。

「もう浮気なんてしないわね?」

「はい、ほんとに反省しました。
 もう浮気なんてしないよ絶対」

「わかればよろしい」


ただ1点。
俺には気になることが1つだけあった。


「でも、どうして入れ墨愛人の存在を知っていたんだ?
 それにどうして入れ墨シートを持っていたんだ?」

入れ墨妻はなにも答えなかった。



一方、温泉宿では。

「かんぱーーい。
 今日はあのみすぼらしい夫がいないわぁ♪
 二人きりの夜を楽しみましょう」
作品名:入れ墨のマイ愛人 作家名:かなりえずき