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京香は自由きままに生きる

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実は京香は貞淑な妻を演じながら陰に隠れて複数の男たちとアバンチュールを楽しんでいる。今、京香は車で二時間ほど離れた町で二人の男性と付き合っている。二人には偽名の涼子で通している。なぜ涼子は京香が作った架空の人物である。ただ“涼子”と名前を呼ばれ、涼子としてメイクラブを演じるとき、涼子だったらどうやるのかを考えながら演じる。そのことは誰にも話はしていない。まさかオナミが知っているというのか。
「調べたのよ。探偵を使って。写真を見る?」と言って封筒を出した。
ラブホテルに入ったり、一緒に飲んでいたりしている写真がたくさんあった。
「今は二人の男と付き合っているみたいだけど」とオナミが微笑む。
一人は英語スクールの講師田中義男。彼は遺産で優雅に暮らしており、英語スクールの講師はただ趣味でやっているに過ぎない。見かけはどこかの大学教授のようにインテリ風だが、異常ともいえるくらいに性欲が強く、そのうえ変態でもある。彼からいろんなことを教わった。初めの頃はためらいや恥ずかしさがあったか、いつの間にか、楽しんでいる自分に気づき愕然としたこともあったが、それも過ぎた話である。もう一人、開業医の大友祐樹がいる。不細工な顔でジャガイモみたいな顔であったが、優しい。二人とも割り切った関係である。情事が終わると、五万円が入った封筒を渡し謝意を示す。
「売春でしょ?」とオナミは軽蔑したように言う。
「あなたには、分からないと思うけど、愛よ」
「でも、あなたにお金を渡している」
「それがいけないこと? 愛を確かめ合った後で、それを感謝してお金をくれるのよ。ちょうど指輪やイヤリングをもらうのと一緒よ。でも、あなたはこんな卑劣な真似をして楽しいの。他人のプライバシーを覗くなんて最低だわ」と京香が微笑んだ。
「別に楽しんでいないわよ。ただあなたの本当の顔を知りたいだけ。それを彼に知ってほしいと思っただけ」
「まるで薄汚いドブネズミみたいじゃないの。それにあなたのような痩せた女をヒロシ君が好きになると思う?」と京香が勝ち誇ったように言う。
 オナミは想定外の展開に戸惑った。
「この写真を旦那に見せていいの? 見せたくなかったら、お願いだから、私の頼みを聞いてよ」と泣きそうな顔でオナミは言った。
「見せていいわよ。うちの旦那も浮気をしているの。私たち夫婦は仲が良さそうに振る舞っているけど、本当は仮面夫婦よ。でも互いに夫婦の関係は壊す気はないの。だって、その方が何かと都合が良いの。もう単なる同居人よ。本当に旦那に言う? もし言ったなら、私もヒロシ君に言うわよ。あなたが他人のプライバシーを侵害するドブネズミだと」
「ごめんなさい。それは困る」とオナミは泣き出しそうな顔をした。
「今日のことは全て忘れるわ。その代わり、ここの勘定はあなたよ。当然、後でそれ相応の慰謝料をもらわないと気が済まないけど」と言って京香は勝ち誇ったように席を立った。

 ナオミと会う一か月前に、ヒロシは既に京香の手に落ちていた。むろん、そのことは誰も知らない。ナオミと会った数日後、京香はヒロミをホテルに呼び出した。
二人は愛し合った。
その後で、「本当に京香さんの旦那は俺たちの関係を知っているのか?」とヒロシは聞いた。
「知っているわよ。だって私が教えているもの。旦那にも女がいるの。旦那との間には愛はもうないの。互いに空気のような関係よ。ところで、私が一番好きなのは何だか分かる?」
ヒロシは子供みたいな顔をして彼女を見た。
「セックスなの」と真顔で言った。
彼はハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。
 京香が十七歳のときである。有名なカトリック系女子高の三年生のときだが、神父に性の喜びをおそわった。京香がそのときのことをヒロシに語った。
――彼女は敬虔なクリスチャンであり、幼い頃から習慣で毎朝、祈りを欠かさなかった。その頃、修道院に入ることさえ夢見ていた。神に近づくこと。それが唯一の夢であったのである。そんな彼女の前に一人の神父が現れた。慈悲深い顔立ちした背の高い五十歳になる男であった。女子高校で歴史も教えていた。赴任してきたから、礼拝堂で顔を会わせるようになった。半年後過ぎた時のことである。教会主催によるバザーがあった。彼女がそれを手伝った時、彼もいた。
彼のひたむきな姿に感動した。神の姿と神父をだぶらせた。それは恋にもいた感情を彼女に抱かせた。ある日、彼女は神父にこう告げた。
「修道院に入って神に仕えたい」と。
すると、神父は悲しげな顔をして首を振った。
「神への道は決して楽ではないと」
彼女は自分の決心の強さをそれでも述べた。ついに神父が彼女にこう言った。
「わたしの家に来れば、神について、君にもっと教えてあげることができる。それから決めるもの遅くはない」
それが始まりだった。神父と京香の関係は。神父は京香を少女から女に変えた。
 
話し終えると、京香の頬に嘘の涙が流れた。ヒロシは優しく京香を抱き寄せ、その頬に流れていた涙を拭った。
 京香は体を離した。
「ところで、あなたは神様を信じる?」
「分からない」
「私は信じない」
「どうして?」
「神が人類を作ったと思う。違う。セックスが人類を作ったのよ」と京香は微笑んだ。
ヒロシはオナミからのメールを見せた。
『気を付けなさいませ。人はときに都合のよい仮面をつけているものです。仮面なしでは、生きていけないのです。けれど、あまりにも長くつけたら、その仮面がとれなくなってしまうのです。真実のように振る舞うのです。あの京香がそうです。清楚で貞淑な仮面をつけていますが、昔、風俗で見かけたことがあると、知人が言っています。あなたのような真面目な教師が、貞淑な仮面をつけた京香の毒牙に襲われないと心配です』
「これは本当のこと?」とヒロシは聞いた。
「本当だとしたら、嫌いになる?」と試すように京香は視線を向けると、
「嫌いにはならない。とことん食われてみたい」とヒロシは抱きついた。
「良いわよ。でも、忘れないで。私が信じられるのは、体のつながりだけ。つながっているときだけ、自分が必要とされるのを感じるの。離れたら、私は花びらのように風に舞う。自分でも不思議くらい自由きままに生きている」と京香は笑った。