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かいなに擁かれて~あるピアニストの物語~

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この家は女が独りで暮らすには不必要に広い。
山麓の閑静な住宅街に洒落た今風の家が多く建ち並ぶ中で、ここだけが戦前の古いアルバムから切り抜いたような木造の平屋だ。
ただ単に、生活のためだけならこんな広さは要らない。
奥行が二メール七十センチを超えるスタインウェイのフルコンサートグランドピアノ。
金属が使われていない、全て木製の1867年パリで万国博覧会が催された時代に創られたこのピアノ。
このピアノ、このピアノだけは、どんなことがあっても守り続けてきた。一緒だった。
何の後ろ盾もない、無名のピアニストである女独りの力が、如何に無力であることを、これでもかというくらいに思い知らされた。
部屋を探すにしても、ピアノを置ける部屋を借りるのに必要な家賃のおおよその見当はついた。けれど、そんな家賃なんて到底、払えなかった。
『ピアノさえ置くことが出来るならどんなところだってかまわない』
祈るように縋りつく思いで手当たりしだい形振り構わず、数え切れないくらいの不動産業者へ足を運んだ。けれど、想像した通り、毎月払えそうな金額ではどの物件にも手が届かなかった。
訪れた不動産業者の中には、魅華の話などろくに聞きもせず迷惑そうに、まるで厄介者をあしらうような仕打ちを受けたことも何度もあった。
彼からは期日を決められて、『早くピアノを何とかしろ』と迫られた。
公営住宅に身を寄せて暮らす両親のもとにピアノを置ける余裕など有りはしない。いやそれよりも、二度目の離婚になることを、魅華は、全ての整理がつくまでは父母には話したくないと強く思った。
彼と義父母には自分の持てる全てを注ぎ尽くしていたつもりだったのに、まるで遊び飽きた玩具を不用品として処分するように一方的に言い渡された――離婚。
自分の生活のことを考えれば当然に訴える手段もいくらでもあったのだろう。けれど、当時の魅華にはその気力さえ失せていた。
来る日も来る日も祈り縋るように不動産業者を巡った。けれど、見つからない。
友人や音楽仲間に相談し協力を願うことも何度も考えたが、それすら魅華には出来なかった。一度目の離婚の後、心を病みどうしようもない鬱の暗闇の中を何年もさ迷っていた魅華に、みんなは、この上ないほど暖かく支えてくれた。あの時、その支えがなかったらきっと生きてゆけなかっただろう。