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 平均寿命は七年。記録によれば、十年三ヶ月が過去最長だと記されていた。

 僕の連れ帰った人もどきは、まだ言葉を話せなかった。そういった学習は、販売された後に各家庭にてしつけさせるものらしい。
 ペットショップ側で言葉を操れる状態に教育してから販売しているところもあることにはあるが、そういったものは血統書つきの人もどきばかりで、もちろん値段もとんでもない。
 僕としては、自分よりあからさまに知能の低いと思われる生き物に言葉を教えることも、自分にとっての良い勉強になると思っていたので、その点に問題は無かった。

 毎日学校から真っ直ぐ帰ってきて、人もどきに色々な単語を話しかけてみる。
 時には、絵本と呼ばれる非常に簡単な本を読んで聞かせたりもした。
 人もどきは次第に、僕達と同じように発声し、会話することができるようになった。


「ノニ」

 僕の名を呼んで、僕が家にいる間中、後ろを付いてくる。たまに構ってやれば、飛び上がらんばかりの喜びようだ。
 以前飼育していた犬も、僕達家族にはよく懐いていたが、既に老犬だったことや、穏やかな犬種だったためか、こういった激しい感情をぶつけてくるような生き物ではなかった。

「ノニ、見て、できたよ」
 振り返れば、人もどきは僕の指示通りに積み上げた積み木を誇らしげに指していた。
「そうか、よくできたね」
 頭を撫でつつ褒めてやる。犬のしつけとやり方は同じだった。
ただ、犬に比べると、撫でる力は少ない方が良いようだったが。
 会話もこなせるようになった今、いつまでも人もどきと呼んでいるのでは良くないだろう。名前をつけてやらねばならなかったが、正直僕はこういったことが得意でなかった。
 あいつに頼んでみるか。
 親友と呼ぶべき学友を思い浮かべる。あれは、どうも、クリエイティブな方面に強いようだ。
 僕達の中では、そういった個性が出る者は希少だった。彼はきっと、将来良い仕事に就くことが出来るだろう。



「白くて、ちょっと黄みがかってて、ふわふわしてる……?
お前、それ以外の言い方ないのかよ」
 僕の精一杯の説明に、彼は顔をしかめた。
「今度、映像データを見せるよ。今手元にあるのは、いまいちなのばっかりなんだ」
 本当はそうではなかった。
 僕のデータベースは、既に人もどきの画像で溢れていたが、それらは、確かに資料用として提出するには十分なものではあったが、かといって、それを「これが僕の人もどきだ」と提示するには不完全な気がした。
 笑っている顔も、泣きそうな顔も、怒った顔でさえ、全てが揃わなくてはあの子にはならない。
 人もどきというのは、一つ二つの映像では表現できないような気が、今の僕にはしていた。
「そうだなぁ……じゃあ……。マヨってのはどうだ?」
「マヨ?」
「ああ、マヨネーズのマヨ」
「マヨネーズ?」
 聞いたことの無い単語だ。
「大昔に市民権を得ていた調味料の一つ。らしい」
「へえ。相変わらず君のデータベースには面白い物が沢山詰まってるんだね」
 きっと、こういうものの積み重ねが彼に独創性を与えているんだろう。
「白くて、ちょっと黄みがかってて、ふわふわしてるんだろ? きっとピッタリだ」
 にっと口角を上げて彼が言う。
 こういう細かい仕草が上手いのも、彼の特徴だった。
「そうか、いい名前だね。ありがとう。帰ったら早速伝えてみるよ」
 僕は、顔の表面を動かすのがあまり得意ではなかったが、なるべく感謝が伝わるような笑顔を心がけて彼に返した。


「マヨ?」
「うん、いいだろう?」
「可愛い……」
 名を告げると、人もどきは嬉しそうに微笑んだ。
「ノニが考えてくれたの?」
「いや、僕じゃないよ」
 質問に、明確に答えたつもりだったが、人もどき……いや、マヨはあからさまに落胆した表情になった。
 何が問題だったのだろう。
 取り込んでいた飼育マニュアルを検索するも、やはり引っかからない。マニュアルの注意書きにもあったが、人もどきというのは行動をパターン化するのが大変難しいらしい。今回のように、調べたところで載っていないような出来事は今までにも散々あった。
 ただ、そういった出来事に対応することこそが、僕にとっては有意義なことでもあった。
 とにかくこういった場合には、原因を人もどき自身に聞くのが一番手っ取り早い。それが、この一年で僕の学んだ結果だった。
「どうして悲しそうにするんだい?」
 しばらくの沈黙。
 正確には、僕の言葉が終わってから二分三七秒後、マヨは口を開いた。
「私……ノニが考えてくれた名前がいいな……」
 やはり、その答えは僕の想定を超えたものだった。

 ……困ったな。
 前述の通り、僕にはそういった才が無い。
 僕の正式名称はNo.23518-63012-74770。もちろん、これは今も変わらない。一般的に名前と呼ばれている呼び名は、各家庭で養育担当となった人物によって思い思いに付けられる。僕の名前は、正式名称を元にしたものだった。実際、そういう例は多い。
 普通ここはナンバーの後ろを取ってナオだとかナナオだとか付けるところだろう。しかし、僕の両親……という役割を担当している二人は、No.2の部分だけをとって「ノニ」と名づけた。
 それを手本に名づけるとなると、この人もどきの名前は「ヒト」になってしまう。
 それでは人という固有名詞に一〇〇%一致してしまうではないか。
 あれこれと考える僕を、人もどきが神妙な面持ちで上目遣いに覗き込んでいる。ああ。これが不安な表情というやつなのかもしれない。思考の片手間に、その映像を関連付けしてデータベースへ格納する。
「トモ、という名前ではどうかな」
 結局、ヒトから一文字ずらしただけではあったが、これが今の僕の精一杯だった。
 もっと経験を積めば、もっと沢山の選択肢の中から選ぶこともできたのだろうが……。

「素敵!」
 意外にも、僕の言葉に人もどきは破顔した。
 この名前を、とても気に入ってくれたようだ。
 くるくると変わる表情、感情を眺めながら、人もどきというのは犬よりずっと面白いな。なんて思っていた。
 そう。僕はまだこの時トモの事を、面白い生き物。くらいにしか思っていなかった。


 ――その日は、朝から雨が降り続いていた。

 僕達にとって、雨の日の外出というのは避けるべき行為だった。
もちろん、生活上問題のない程度の防水加工はされている。それでも、完全防水仕様である一部の者達を除いて、雨の日にわざわざリスクを冒してまで外に出ようという者は居なかった。
 天気予報が外れるという事はほぼ無く、降水量が一定を超えると予測される日には学校も休みになる。
 客が来ないのだから、当然、商店も軒並み休みだ、雨が激しく降る日、僕達の町はとても静かだった。

 トモが僕の胸元にぴったりと耳をくっつけて言う。
「川の音がするよ」
「冷却液の音だよ」
 人が、人を模して作った原型の名残か、体内に冷却液を循環させる為のポンプ室は人間と同じく胸部に付けられていた。
 トモはそのまま、僕の体に顔を擦り付けると、とろんとした目をしている。
「あったかい……」
作品名:facsimile 作家名:弓屋 晶都