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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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目に見える世界だけを変えれたら・・・

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「おや、いらっしゃい。また来たんですか?
 目鍵(アイ・キー)でおすすめがありますよ。新商品です」

店主は新しいガラスケースに入ったアイキーを見せる。
値札には高い値段が書かれているが、
商品名の『ファンタジー世界』というのが気になった。

「これを使えば、ドラゴンや魔法のファンタジー世界に行けます。
 これまでにない異世界体験ができますよ」

「それはいい」

俺は高い買い物でも迷うことなく購入を決めた。
アイキーを手に入れると、鍵先を眼球へと伸ばす。

「あ、ちょっと待ってください!!」

「え? もう買っちゃったよ」

「いえ、そうではなく、注意です。
 アイキーには強い非現実感があります。
 必ず片目だけにしてくださいね」

「もうわかってる」

俺は左目の眼球めがけて鍵を突き立てた。
そして、鍵をひねるとかちゃりと脳内で音が聞こえた。

「わぁ、すごい! 本当にファンタジーだ!」

右目からは普通の道路に人が歩いている風景。
左目にはエルフや獣人が道を歩いている。

こんな世界に本当に行けるなんて!

「毎度ありがとうございました」


片目がファンタジー世界を映すようになって、日常が激変した。

どこも同じような服装の現実に対し、
個性豊かなファッションや種族の異世界。

地味で退屈な現実に対し、魔法や剣があるファンタジー。

「ファンタジーの世界に住みたいなぁ……」

現実よりもファンタジー世界へ意識が傾くのに
そう時間はかからなかった。

購入したアイキーをそっと手に取る。

「店主からは、アイキーの世界そのものが
 現実世界だと感じるようになるとは言われてたけど……」

それでも、現実世界に魅力なんて感じない。
できるなら、肩までファンタジー世界に入りたい。

俺は、右目にもアイキーを刺して鍵を開けた。

「……おおおお! ついに、全部来れた!」

目の前から現実世界は取っ払われて
目に映る世界はすべてファンタジー世界になった。

これこそ、俺の望んでいた毎日変化のある日常!!

 ・
 ・
 ・

両目ともファンタジー世界が見えるようになってから数日。
徐々に現実世界へ戻りたくなっていた。

「過ごしてみると、飽きるもんなんだんだぁ……」

最初は新鮮に思えた剣や魔法も慣れれば新しいものじゃない。
いろんな会社などがないぶん、娯楽も限られているし
変化に乏しいのはむしろファンタジー世界の方だった。

でも、現実世界へ戻ることはできるのだろうか。
必死に自分の頭で戻れる方法を考える。

「……あっ!
 そういえば、あの店に『かつての現実世界』があったな!
 あのアイキーさえ使えれば現実に戻れるはずだ!」

俺は手探りで、アイキーの店へと向かった。

いくら目に映る世界がファンタジーといっても
実際に俺が過ごしているのは現実世界。
目には見えなくても、必ず店はあるはずだ。

「このドラノブ……あの店だ!」

触り覚えのあるドアノブに手をかけて店に入る。

「誰か。誰かいないのか!
 おおーーい! 誰かぁ! ……留守か」

耳に入ってくるのは、外から入る異種族の話し声。
店主の声は聞こえない。

店の中を手探りで探し回って、
記憶の中にあるおぼろげな『かつての現実世界』のアイキーを探す。

「たぶん……これだな」

目には見えないが、それっぽい鍵が手に触れた。
俺はそっと目に向けてアイキーを近づける。



そのとき、強い力で押さえつけられた。
手にしていたアイキーは床に転がってしまう。

「なっ! なんだ!? なにをする!?
 誰だよ!! くそっ!」

答えはない。
俺を床に押さえつけた人間は、
そのまま俺の耳に何か入れはじめた。

「や、やめろ……! 何をする気だっ!
 やめてくれ! 誰か助けて――!!」



かちゃり。

耳の奥で何かが開く音が聞こえた。

「ああ、よかった。
 私の声が聞こえますか? 私です。店主ですよ」

「え……?」

「自覚はなかったでしょうが、
 あなたは目に映る風景に惑わされて
 幻聴を聞き始めていたんです。私の声も届かないほどに」

「それじゃ、今押さえつけていたのは……」

「幻聴を解くためです。
 だって、今あなたが手にしているのは『地獄世界』のアイキーですから」

「ひえっ!」

俺は手にしていたアイキーを慌てて手放した。

見えないので記憶を頼りに鍵を選んだが、
危うく恐ろしい世界に行くところだった。

「実は現実世界に戻りたくなって……。
 ファンタジー世界はもう嫌なんだ!
 とにかく今は現実世界に戻りたい!」

「……いいんですか? きっと絶望しますよ?」

「こんなファンタジー世界なんかよりはずっといい!」

「…………わかりました、ではこちらへ」


店主に手を引かれて、なにやら大きな機械に座らされる。

「この機械はあなたにかかっていた風景のフィルターを解除します」

「これで現実世界に戻れるんだな。早くやってくれ」

ブーン、と機械の作動音が聞こえる。
体に一瞬衝撃が走ったかと思うと、ファンタジー世界が消えた。


「ここが現実世界ですよ」


俺は大きな機械から身を起こして、辺りを見回した。

店の外は家が崩れ白骨がそこかしこに転がっている。
車も人も通ることはなく、霧のような塵が待っている世界。

「思い出しましたか?
 20年前の戦争で現実世界はもう終わったも同然なんです。
 人も動物も死に絶えた世界が、本当の現実なんですよ」



俺は店にあるアイキーを手に取った。

「これをください。
 この『かつての現実世界』のアイキーを……」

アイキーを購入して、また"かつての現実世界"へと戻った。
変わり映えしないけれど幸せだったあの頃に……。