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さあ、一緒に踊りましょう

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 レイも笑った。何とも滑稽な笑みだとサトミは思った。男はレイを色っぽいというけれど、サトミから見れば、精一杯生きているが、結局のところ、哀れな道化師。本当はもっと声をあげて笑いたいけれど、それはだめ。だって、彼女の無二の親友だもの。その役を演じ続けなくては。何のため? 彼女のため? それとも自分のため? きっと自分自身のため。レイを見ていると、羨ましいと思う一方で、哀れとも思っている。ときに大笑いしたくなるほどに。そうだ、レイを見ていると、サトミは優越感に浸ることができるのだ。今もそうだった。優越感に浸っていた。その時である。「女は男なしでは生きていけない動物。男も同じ、女なしじゃ生きていけない動物。私はそれを忠実に生きているだけ」というレイの言葉を思い出した。確かにそうだ。レイは哀れなほど男なしでは生きていけない。だが、そういう自分は……。そんなふうにサトミは考えていると、優越感が消え失せてしまった。
「確かにそうだわ。でも忘れられないの。優しかった彼を。何で、あの頃、馬鹿にしたり、罵ったりしたのか。自分でも分からない。冷静になれなかった。きっとKに浮かれていたせいよ。それに二十九歳だった。まだ子供だった。うわべだけしか見えなかった。バカみたい、まるで滑稽なピエロのよう。そんな私をジャガイモ君は優しく包もうとした。それを払い除けてしまった。バカみたい」とレイは泣き始めた。
 サトミは呆れて口が塞がらなかった。まるで独り芝居ではないか。何のために演じているのか。彼女自身のため? きっと、そうだ。そうやって、自分を慰めている。
「ねえ、サトミ、聞いている? バカみたいな話でしょ?」
「その話は何度も聞いたから、いまさら聞くまでもない」
「そうよね。聞くまでもないこと。どうでもいいこと。もう過ぎ去ったこと。それなのに、私は過去のぬかるみから抜け出せない」
雨が降り始めた。レイは慌てて窓を閉めた。
直ぐに土砂降りに変わった。窓際に座る二人に、雨は窓ガラスを容赦なく叩いて耳障りなほどうるさい音を立てる。
「ジャガイモ君は確かにハンサムではなかったけど、『ジャガイモみたいというのは言い過ぎだよ』と言ったら、レイ、あなたは、『それはほめ過ぎだ』と笑った」
「だって、そのときはそう思ったから」とレイは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「確かにイケメンの俳優気取りのKに比べたら男前ではなかったけれど、そんなに悪い男ではなかった。逆に、『素晴らしい男だ。さすが芸術家だ』と言ってほめた人さえいたのに。ジャガイモ君に比べたらKは上辺だけの男。頭の中はとり損ねたスイカみたいに空っぽよ。叩いたら、きっと『バカ』という音がするはず。『あんな男は止めなさい』と言ったのに、あのスイカ野郎に身も心も捧げた挙句に、使い古されたゾウキンのように捨てられた。あなたの頭も叩いたら、きっと同じように『バカ』という音がするはずよ」
 レイはまた笑った。今度は腹の底から。
「当っているけど、相変わらず辛辣よね、サトミは。古い友達なら少しくらい慰めてくれてもいいと思うけど」
「ごめん、悪気はなかったの」
「分かっている。悪気があったら、今頃……」
「え? 今頃、何?」
「何でもない。相談しているのは私よね。何を言われても、今は耳を傾けるしかないの。あなたは古い友達だし、それにいつも良いアドバイスをしてくれる」
サトミの口から、「そんなの無理よ」という言葉が喉まで出かかったが、無理やり押しとどめた。本当にアドバイスできるのは、人生経験がなければできない。書物から得られる知識なんか薄っぺらなもの。どんなに学んでも、恋や心の問題は解決できない。だが、レイ相手なら、分かった振りを演じるのは難しくはない。
二人は沈黙した。
いつしか雨が止んでいた。どうやら通り雨のようだった。窓の外は青空が広がっている。
サトミは言うべきことは言ったと思っている。レイはどうだろう? いまだに自分をうまく言えていないような顔をしている。
次の瞬間、レイは呟くように言った。
「今、私は深い穴の底に落ちているの」
サトミは思わず吹き出しそうになった。深い穴に落ちた? 落ちたって、誰のせい? あなたのせいでしょ? あなたが自分で深い穴を掘り、自分で落ちただけ。それを世間では何というか知っている? 自業自得と言うのよ。
「みんな、あなたのせい。どうして、そんなことも分からないの?」とサトミは呆れながら、冷めたコーヒーを飲んだ。

サトミのスマートフォンが震えた。メールが届いたのである。
同じ医者で一応ボーイフレンドであるケンタロウからだ。ケンタロウは二股をかけている。一人はサトミ、もう一人は看護婦のサチエ。週末には、サチエと激しいセックスをしているという噂を耳にしたが、知らないふりをしている。サチエが単なる遊び相手でしかなく、やがて捨てられるのを知っていたからだ。サチエは遊ぶには都合のよい女だ。胸が大きくてかわいい。バカといえるほど楽天的で、割り切りも早い。捨てられてもくよくよしない。別れたら、すぐに次の男を探す。年から年中、恋している。「三度の飯よりもセックスが好き」と酔った時に看護婦仲間に告白した。噂はすぐに病院中に広まった。ケンタロウの前には、薬品メーカーのヒロシと恋に陥り、子供を下ろしたという噂がある。
セックス好きという点では、ケンタロウも負けていない。上半身は医聖のヒポクラテス気取りだが、下半身は年から年中セックスに追い求めるオス猿のようである。
サトミにとって、ケンタロウのような二股野郎は決して本心から望んでいるわけではないが、それでも簡単に切り捨てられなかった。なぜなら、彼の実家はこの地方随一と言っていいほどの資産家であり、また彼は医者として最高の技術を持っていた。そういった好条件の相手はそう簡単に見つけられるものではないからである。
ケンタロウからのメールは慇懃で実に回りくどい。たいてい週末に一緒に食事をしないかという誘いだが、その本題に入る前に、今日は天気がいいとか、明日はこんな予定とか、関係のないことをだらだらと書く。だからサトミはいつも途中を読み飛ばし最後の所だけ読む。「食事に誘うだけで、いったいどれだけ時間をかけるのか。それだけ暇だということなのか?」といつも訝りながら読んでいる。
ケンタロウは「俺にいろんな噂があって、耳にしているかもしれないが、それだけもてるということだ。気にしないでほしい。どんな回り道をしても、君と結婚するような気がする」とサトミと言ったのは、確か一か月前のことだ。
「私も、そう思っている。母が、『三十二歳までに結婚して、三十五になる前に子供を作りなさい』と言っている。私もそう思っている。一年後に、その三十二歳になる。お互いの気持ちが変わらなければ結婚しましょう」 と応えた。無論、食事のとき、ワインを飲みすぎて、つい本音を言ってしまったのであるが。
サトミのスマートフォンがまた仰々しくバイブレーションしている。今度は電話だ。
「いいの、出なくて?」とレイが言った。
「いいの。つまらない電話よ。『メールを読んだか?』という確認の電話よ」
「ボーイフレンド?」
サトミは笑みを浮かべた。