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からっ風と、繭の郷の子守唄 第86話~90話

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 「養蚕で農家が食えなくなってから、30年以上が経っています。
 小規模な養蚕農家が残っていますが、蚕だけでは暮らしが
 成り立っていません。
 野菜や米麦を作ることで、やりくりしています。
 今の時代。蚕を育てても、経営的には成り立ちません。
 たぶん。どれだけ苦労しても、それほどの明るい未来は見えてきません。
 それでもあなたは、あえてクワを育てるというのですか」

 「さすが、上州の人だ。
 養蚕のことを良くわかっている。
 私は、蚕を育てて繭を作り、繭を使い生糸を紡いでいる人の、
 役に立ちたいのです。
 その人のために、私は、一生をかけてクワを育てたいのです。
 男として、責任をとる必要があるのです」

 「あれ・・・風向きが変わってきましたね。
 京都から来たと、あなたは最初に言いました。
 俺にも、糸を紡いでいる人に心当たりがある。
 もしかしてあなたは、その人のあとを追って、はるばるこの群馬まで
 やってきたのですか?」

 「彼女のブログを通じて、座ぐり糸作家になったことを知りました。
 大学時代、彼女と交際していたのです。
 ですが、ふとしたことから疎遠になり、別れてしまいました。
 しばらく経ってから、彼女がなぜ離れていったのか、その事実を知りました。
 共通の友人から、初めて聞かされました。
 母親と対立しているうち、10年近い年月が経ってしまいました。
 ようやく母を説得して、こうして群馬へ来ることができました」

 「分かりました、本題を伺いましょう。
 俺はあなたのために、何をすればいいのですか?」

 「もっといろいろと、聞かないのですか。あなたは」

 「そのうちに聞けば、それで済むことです。
 裏の畑にある一ノ瀬の大木は、桑苗の原木と聞いたことがあります。
 苗を育てたいというのなら、全面的に協力します。
 ただし。どうすれば桑の苗が育ち、畑を桑園にできるのか、
 そういうことは一切、わかりません。
 そのあたりの事は、徳次郎老人と話がついているようなので
 問題はないと思います。
 ただし。ひとつだけ、話を聞いていて不安に思うことがあります」

 「別れた、千尋のことですか・・・・」

 「やっぱり、別れた彼女と言うのは、千尋さんなのですね。
 あなたは千尋さんに内緒のまま、桑畑を作りたいと考えているようですね。
 複雑な事情が、あなたをそうさせるのでしょう。
 でも本当にそれで構わないのですか。
 俺は最近になってから、千尋さんと正式に交際をしています。
 あなたが現れても、千尋さんを、あなたに返すつもりはありません」

 「・・・あなたは正直な人だ。
 自分に何ができるだろうかと考えたとき、千尋のために
 桑畑を作ろうと決めました。
 只の突然の思いつきです。ひらめきのようなものです。
 責任を取る形を、長年考えていました。
 それを思いついた瞬間。矢も盾もたまらず、群馬へ飛んできたくなりました。
 時間をかけて、仕事の段取りをつけました。
 猛反している母を振り切って、ようやく群馬へ来ることが出来ました。
 しかし、右も左もわかりません。
 千尋のブログに載っていた、徳次郎老人のお宅を訪ねました。
 それなら是非、紹介したい男がいると、ここへ案内されました。
 あ・・・自己紹介が遅れました。
 阿部英太郎と言います。よろしくお願いします」

 「一杯やりますしょうか」
英太郎の返事を待たず、康平がビールの栓を抜く。
「景気づけです」笑いながら英太郎のグラスへ、なみなみと注いでいく。
自分のグラスにも同じように注ぐ。
「まずは乾杯といきましょう」と、高々とグラスを持ち上げる。