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ほしむすび

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 遠く、夜明けの気配が星を追いかけてくる。無言で交わした三度目は、約束と別れのキスだった。
 安らかな寝息を立てる有美を寝袋に包んだまま抱え上げて、忍は地上に降り立つ。太陽はまだ地平線から顔を出したばかりで、冷気が辺りを静寂に包んでいる。寒さに震えてダウンジャケットのポケットに思わず手を突っ込むと、有美のネクタイが入ったままになっていて思わず顔がにやける。取り出して、口付けを一つ。と、欠伸交じりの虎矢がどこからか現れて、目元に隈を作りながらもベンチに横たえていた蛹のような有美を無言で引き取る。思わず顔が赤面するが、虎矢に気にした様子はない。
「三回はやりすぎだろう、三回は。俺が何度オアズケされていると思ってるんだ……!」
 不機嫌気味にぐちぐちと言うので忍はしれっと無視して、ネクタイをポケットにねじ込む。
「『泣かせたらタダじゃ置かないぞ?』」
 一言だけ言うと、忍は返事も聞かずに帰路を急いで駆け出す。
 パスポートも取ってあるし、チケットも押さえた。担任には『見聞を広げる為の武者修行の一環』と言いくるめて卒業式不参加の許可をとってある。有美以外の友だちには絵葉書で向こうから侘びを入れよう。荷物はそんなに必要ない。何とでもなる。
 だが、愛猫のボウの預け先だけはまだ決まってなかった。近所のおばちゃんにまたお願いするかな、と思うが期限が曖昧だと迷惑だろう。根性が座っているので、意外と何も無くとも生き残れるかもしれないが、そんな無責任なことをするつもりはない。今日まで、誰にも告げられない想いを聴いて慰めてくれたのはボウなのだ。伊達にいつも日向でボゥっとしてはいない。感謝の印に今日のご飯は奮発してもいい。
 だいぶ離れた後ろから虎矢が目一杯何かを叫ぶのが聞こえたが、聞くまでもない内容だとはもうわかっている。
 惚気に付き合う気は毛頭無い。
 朝日が眩しく街中を照らし出した。一瞬見上げる空にはもう、星はその姿を隠している。辛うじて目に映る三ツ星。弓を構えるオリオン。立ち止まろうとした時にはもう見えない。思い違いかもしれなかった。
 走りながら、忍は思う。
 ――ずっとずっと、この夜の星観を忘れることはないだろう。でも、有美に抱いた淡く儚くそれでいて激しくて確かな強い気持ちを、いつかの自分が思い出すことが出来るだろうか。
 何故か涙が一筋、零れた。嬉し涙なのか悲しみの涙なのかも分からずに、忍は冬の澄んだ青空の下、明け方の街をひた走る。
 きっと、星が廻るように、人もまた廻って巡り会う。有美が言ったこともそういうことではないだろうかと、そう思う。
 物語が幾度も人々に読まれてはその度に新しい命を吹き込まれるように、人は巡り会う度に新たな物語を紡ぐ。きっと必ず、次に出会った時は、泣くことのない物語を紡げる。
 そのことがとても切ないことに気づいて、忍は足を止めて空を見上げた。
 あれほど溢れていた星はもう、一つも見当たらない。そこには、太陽が輝きを増すばかりの青空がある。
 冷たい風が駆け抜けて、忍の長い髪が踊る。有美に梳かしてもらった記憶を反芻してから、今日の予定に美容院を加える。旅では邪魔になるし、長い髪を褒めてくれる人も遠い。
 あぁ、そうだ。もう一つあった。
 あの日、忍は有美に「星がすごく綺麗だったから、好き」と即答したが、実のところ最後まで読めてはいなかった。読み始める前に返却期限が来て、有美の手前もう一度借りることも出来ずに今まで過ごしてしまった。旅のお供に、文庫本が一冊あってもいい。その本が感傷だとしても、それくらいの失恋の余韻には浸ってもいい。本屋に寄ることも予定に加える。
 銀河無き昼を走る銀河鉄道なんてナンセンスな話を読む気になるのは、後にも先にもきっと今だけだ。妙な確信があって、思わず笑みが零れた。
作品名:ほしむすび 作家名:空創中毒