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ほしむすび

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冬の澄んだ冷気が頬を刺す。
 吐く息が、きっと白くなっている。
 扉を閉める硬い音が背後で響いた。私たちは、どこか屋外に出たらしい。風が一段と冷たい。靴の裏に固いコンクリートの感触がある。この場所に、しーちゃんの秘密があるのだろうか?
 疑問が問い掛けになる前に、私の手を引くしーちゃんの足が止まった。しーちゃんの細くて冷たい手が、一瞬だけ強く私の手を握った。言葉が来る予感。声が続く。
「着いたよ、ゆーちゃん」
 言葉が珍しく震えているのは寒さのためか。それともこれから秘密を明かすから?
 その言葉を合図に、しーちゃんの手が離れ、隙間を冷たい風が埋める。
 心細さに目隠しを外そうとしたら、技を掛けられた。容赦ない速度、文句なしの大外刈り。一瞬でバランスを奪われて、私は固いコンクリートへ叩きつけられ……、と思ったら柔らかい感触に体が沈みこむ。
「うひゃあっ!」
 コンマ遅れで情けない声が漏れてしまう。心臓が慌てて騒ぎ出す。死ぬかと思った。
「ごめん、説明するより見てもらった方が早いと思って」
 申し訳なさそうなしーちゃんの声が、今更なタイミングで上から降ってくる。……あれ、私ってば押し倒されてないかな、コレ。目隠しされた上で手を引かれるままに辿り着いた見知らぬ屋外でいきなり押し倒されるのって、どうなんだろう。ちょっと刺激的過ぎる気がしないでもない。えっちぃなぁ、私。というか、いつから剣道から柔道に乗り換えたのかな……。油断した。
「じゃあ、見てもらうね。オレの秘密。今、目隠しを外すから」
 遠慮がちな言葉の後に、目隠しにしていた制服のネクタイが目の前から外されて、しーちゃんの身体が視界から遠ざかる。一瞬で広がった視界には、

 ――星空。

 遮るもの一つない夜空に、今まで目にしたことのないような一面の星が瞬いている。名も知らぬ星たちが踊るように輝きを競う。満天の星空。満点の夜空。
 体中に、寒気ではなく震えが駆け抜ける。
 闇に慣れた目が、普段は気付きもしない微かな輝きも捉えている。
「うわぁ……」
 言葉にならない。言葉にできない。
 星、星、星。
 数え切れないほどの星空を見るなんて、初めてのことだ。幼い頃から、空を見上げることより、本を読んでいる時間の方が長かったから。
 辛うじて、三ツ星を抱く星座の名が浮かぶ。弓を構えるオリオン。それ以外は、わからない。この押し潰されそうな迫力の星空は、そうだ、
「……まるで、京沢賢治の『銀河鉄道の昼』で主人公が急行から無賃乗車で深夜特急に乗り換えるときみたい! 本当に星で空が埋まることってあるのね!」
 上半身を起こしながら興奮気味に叫ぶと、しーちゃんがいつもの優しげな笑顔で私の隣に腰掛けている。二人きりで腰掛ける柔らかな感触は、どうやら大人二人が余裕で入れるほどに大きな寝袋みたいだった。
「ごめんね、今まで黙ってて。こんなに喜んでくれるなら、早く連れてくるんだったな」
 そうだ、忘れかけてたけど、今はしーちゃんが秘密をカミングアウトするんだった。その為の舞台として「どうしても一緒に来て欲しい場所」に呼ばれていたんだ。
「そうだよ、こんなに凄い星空初めて! 早く教えてくれればよかったのに。でも、ここってどこなの? 途中はお姫様抱っことか、何回かその場で回ったりとかで、今どこにいるかさっぱり分からないんだけど……」
 しーちゃんが笑顔を少し強張らせる。嫌な予感。声が続く。
「聞いても後悔しない?」
 じわじわと、嫌な予感が私に警報を投げ掛けてくる。あ、ヤバイ。空としーちゃん以外には意識を向けていなかったけど、私たちをぐるりと取り囲んでいるのは、鉄製の……柵。
「ここはね、オレたちの通う学園の、屋上。その中でも天文部だけに使用が許された一番高い塔の屋上、地上五十メートルの星観台だよ」
 瞬間、全身の毛が粟立つ。脳裏に甦るのは重なり合う悲鳴。押さえ付けられた身体に、上方向にかかる逆重力。血が上り、目の前が一瞬でブラックアウトまで沸騰していく……、
 と、視界を遮るように抱き締められた。暖かくて柔らかいダウンジャケットに顔が埋まる。お互いに寒さ対策には余念がない格好をしているけど、それだけではなくて、人肌の温かさがある。その奥に、いつもより早い心音が聞こえる気がする。
「ごめん、こうなるのが心配だった。やっぱり止した方が良かった。ゆーちゃんは『高所禁断症』だもの。今すぐ降ろすよ」
 しーちゃんの焦った声が聞こえる。私は高いところが苦手だ。高所に己の位置を認識すると、混乱と共に全身の機能が著しく低下して失神、悪い時は一気にかなり危険な状態までいってしまうトラウマ持ち(談:主治医)。それが私が事件で抱いた爆弾。
 視界が塞がった事としーちゃんの秘密に幾分かの意識が向いていたことで、私の身体は気を失わずに留まった。もっとも、気を抜くと一瞬で意識は急降下だ。が、
「ごめん、……」
 声と一緒にしーちゃんが一瞬身を離そうとする。中途半端に離れた身体に身をすくめ、意識を掴みなおそうとするが、声に出して「もう少し離さないでいて」と言う前に口が何かで塞がれた。
 弾力が魅力の某ゼリーのような感触が、冬の空気で冷え切っている。よしもとみかんの『台所』で幼な妻が夫に作った創作料理の感触がこういう感じかなぁ。頭をよぎる。時間にして、数秒。頭の中から、さっきまでの恐怖が零れ落ちていく。まっさらになる。強張った身体の力が抜けていく。何故だろう。予感がある。秘密の持つ甘くて切ない、予感が。

作品名:ほしむすび 作家名:空創中毒