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LOVE FOOL・中編

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それ以上は待ちません。旦那様を殺して此処を去りますわ」
(姉?誰の事だ?)
偶然による幸運か。残りの指輪にはゲーデの姉妹が居たらしい。
「4周…」
ヴィヴィアンはじっと両手の指輪を見下ろすが、彼女は悪戯っぽく微笑を向けるだけで明かす気は無い様だった。指輪を消費せず、交渉が成立した。
胸を撫で下ろし、視線を上げると死神の姿は再びメイドに戻っている。鞄も消え失せていた。
「それでは御帰りを心よりお待ちしております、
未来の奥方さま」
「勝手に結婚を決めるなっ」
慇懃に頭を下げるゲーデを憎たらしい、とありったけの嫌悪を込めて見返し背中を向ける。
腕を組んで寝室から応接間に続く階段をゆっくりと踏みしめた。それから悠然と屋敷を出てゆく。
ゲーデの愉快そうな笑みを浴びているのが判るからだ。
けれど一歩。
扉を閉めて外に出るとヴィヴィアンは深紅のコートを翻し、前のめりに駆け出し頼れる唯一の名を叫んだ。
「アスト!アストライアーっ!」
何処に居るのか判らなくても、呼べば来てくれる。
それが当然になっているヴィヴィアンは、周囲が驚き振り向くのも厭わずありったけの声量で彼を呼ぶ。

不吉な予感がする。
港から荷物を抱え、直ぐに旅立つ準備を終えていたアストライアはヒステリックに叫ぶ声に振返った。遠くに目を凝らせば、シャノアール邸から転がり出て来る人影に溜息を吐く。
「ヴィヴィアン?どうした?何がー…」
息を切らしながら、胸に飛び込んできた麗人を受け止め、肩を掴むと青白い顔がくしゃりと歪む。
「アストっ!四度目の満月までに力を取り戻せないとラ―ムジェルグが死ぬ事になった!!」

「…は?

なんっ!?お前は!どうして物ごとをそうややこしくする!!」
死なない筈の青年がどうして期限付きで死ぬ事になっているのだ?
まだ解決の糸口は何も見えていないというのに。
「どうしよう。何とかしてくれ」
「俺に聞かれても…」
困った、とヴィヴィアンは考え込むが、アストライアもそれ以上に頭を抱える。
これからは今まで以上にじっと留まってはいられない。前に進むしかないのだ。
シェステールから大陸に戻る船は最終が出港しようとしていた。アストライアは黒薔薇を追って、ヴィヴィアンヴァルツは自身の「選択」をする為に。
それぞれの岐路に立たなければならない。
元々、ラモナで別行動を取る筈の二人だったのだから。
けれどアストライアは別れを切り出せずにいた。
これからも二人で旅を続ける事が当然と思っているヴィヴィアンの横顔を盗み見ながら、視線を手元に戻す。
シェステールの街は相変わらずの活気で、行き交う人々は広場の方向に向かって何かを口々に言い合っていたが。
この騒ぎは穏やかな日常のそれでは無い、と顔を見合わせる。来たときの活気とは異なる群衆の流れの上を、ひらりと一枚の紙面が舞う。
「号外?」
「随分大きなニュースらしいな…」
二人は誰かの手から零れたその紙を引き寄せた。
++

「な ん で すって…!?」

彼女がその事件を耳にしたのは両親の暮らす屋敷に戻り優雅なティータイムの最中であった。
取り巻く貴族仲間は他国の情勢に関心が無い。
無関係。国の諍いなと高貴な自分達には別次元の出来事。その中で唯一、動揺を隠しきれない令嬢ティターニアは思わずテーブルクロスに爪を立てた。
「そんな事って…!」
彼女が手にした号外には大きく、簡潔な見出しが書かれていた。
『ラモナ崩壊』
新国王は死亡、弟のアステリオスも行方不明。

(じゃあ私達は何の為にー。私は何の役にも立てなかったの?)
投げ捨てられた号外の紙面に食い入り、眩暈を押さえる。
誰一人、彼女がこれほど心を乱すのか理解出来ず、ただ此方を窺うばかりだ。ドレスの裾を摘み、その場から立ち去ろうとするが冷えた身体は言う事を聞かない。
地面に崩れ落ちそうになる直前、身体に温かい腕が回された。
「触れる事をお許し下さい、レディ。けれど、大丈夫ですか?」
聞き覚えの無い、穏やかな声音であった。
ふいに抱き起こされる異性の感触に強い警戒を浮かべたティターニアだったが、青年の左手薬指に既婚者を示すリングを目に止め、安堵する。
「…ああ、いえ。ありがとうございます」
見上げると物静かな面貌が此方を心配そうに覗いていた。黒に近い灰色の瞳がふわりと笑む。
貴族仲間では無い彼の衣装からは薔薇の香りが漂い、どこかの旅人の様だった。
「理不尽は不幸というのは何の前触れもなく罪なき者を襲う。神は何をしておられるのか。
いっそ悪魔と取引した方が確実なのかもしれない」
彼の言葉に大きな瞳が翳りを浮かべる。
「冗談ですよ。大切な女性を亡くしたばかりで少し参っているのかな」
言いながら、エンゲージリングに落とす視線にはっと胸を押さえる。自嘲気味に弱く微笑む彼の言葉に、ティターニアは直ぐに理解と同情を示した。
「まあ、ごめんなさい。でも、その気持ちはよく判りますわ、そんな事が合ったのなら尚更…」
「ありがとう。貴女はとても優しい女性だな」
「…!!」
既婚者だと安心していたにも関わらず、胸が熱く鼓動する。ティターニアは慌てて立ち上がり、火照った顔を両手で押さえた。
(いけないー!)
此方を、特に隣の青年を睨みつける従者を視線の端に捕えたからだ。いたいけな顔と身体に似合わず、こと主の異性関係には厳しい下僕は彼女の番犬でもある。
噛みつきでもしたら大変。
「あの、私、失礼しますわ。お逢い出来て良かった」
生まれた時から教育されてきた、育ちの良さを窺える淑やかさで、彼女は踵を返す。
男はその姿を微笑ましく眺め、手を振り…。
そして、再びテーブルにどかりと腰を下ろした。

「―ちょろい女だな、それにしても」
手にしていた号外の記事を破り棄て、発する声に先程の穏やかさは窺えない。当てつけの様に滅ぼして見せるなんて本当に厭味な「奴等」だ。
この状況からすると直接手を下したのは薔薇の騎士が一人。黄色の仕業か。
「緑薔薇、僕の最初で最後の愛しい人。君をこのまま朽ち果てさせる事はしない」
もしも、蘇生が可能なら「僕達」はあの白薔薇を。
彼女の騎士達を越えられるかもしれない。
遠くで一度此方をちらりと振返る、男を知らない令嬢に造り笑顔を向け、青年―。
黒薔薇は空いた正面の席にグラスを傾けた。
END


作品名:LOVE FOOL・中編 作家名:弥彦 亨