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みやこたまち
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未発表だった銀河の写真は目玉焼きのように見える

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① 未発表だった銀河の写真は目玉焼きのように見える。それは夕刊にカラー写真で掲載されていた。金粉を散らした漆塗りの盆の上に無造作に置かれたサニーサイドアップ。「なるほど目玉焼きだ」と誰もが思うに違いない。

② きっと卵の殻の中に銀河の胚珠があったのだろう。卵が割れて、一つの銀河が生まれた。

③ 卵を宇宙とみなすのは、古くからある事で、「壷中天」「胡桃の中の世界」などと同じ系列の幻想だ。宇宙卵は広大無辺の空間と時間とを内包している。極小の中の極大。有限の中の無限。これは数学の問題だがぼんやりと考えているのは楽しい。実際は多くの理論が既に証明(パラドックスを避ける為の厳格な規定)済みなのだろうが、数学者の立場に無い者としてはどこまでもこの快楽にのめりこんでいきたくなる。

④ 殻が割れた時、その中にあった宇宙は外側の宇宙と一体となってしまうものなのか? それとも消滅してしまうものなか? 特異点として周辺時空に影響を及ぼしながら存続するものなのか? そんな事を考えてみる。生卵が程よく浮かぶ程に調整した食塩水の中で、卵を割る。水と卵は交じり合わない。次に着色した水で膨らました風船を浮かべて、それを割ってみる。透明だったコップの水は、着色されてしまった。その色は、もとの水とも、風船の中に入れた色とも違っている。新しい一つの色に染まったコップの水。では、風船の中に油を入れたら、砂なら、別の小さな風船ならと、いろいろ考えてみる。そしてどの場合が宇宙空間に起こった出来事に近いのだろうかと考えてみる。コップの中には、ゴムの切れ端や、卵の殻が漂っている。そういえば、割れた宇宙卵の殻は、一体何処へいったのだろうか。

⑤ 殻の中の世界とは、こちらからの働きかけを一切拒んでいる殻のせいで、ただ想像してみることしか出来ない存在だった。こちらからそちらは覗けない。遮蔽物のあちら側に対する好奇心が、別の宇宙を作りだそうとし、覗き穴の誘惑によって表現してみずにはいられなくなる。

⑥ 卵から雛が産まれる。卵は外在化した子宮のように見える。母から分かたれた器官である。そこでは自立した生態系が期間限定で成立している。雛にとっての全宇宙であり、孵るまでは不可分であるという意味では、卵は雛の一部でさえある。いや、雛が卵の一部なのだった。そして、殻を破った雛とは、すなわち卵の一変形体なのである。

⑦ 繭を食い破って現れた、かつて青虫だった物の、眼を見張るような変態。蝶への変態を果たせたのはあの繭の魔力だ、という想像はあまり広まっていないようだ。自らの口から吐いた糸を用いて繭を作る、という点で、これは繭の中に宇宙があるのではなく、幼生期の昆虫自身の体内に異次元宇宙が折りたたまれている、と考えるのが自然だ。もし、青虫が自らの体を草木に固定し、自らの口から吐き出す自らの糸で、自らを幾重にも包んで行く様子が目撃されなかったとしたら、繭はきっと卵と同じ扱いを受けたに違いない。だが現実には、繭は暴かれ、我々人間の体を覆うために使われる。

⑧ 卵が外から割られる時、それは中身が狙われているのである。繭が陵辱的に暴かれる時、それは繭自体を求められているのである。繭は外套であるに過ぎない。だからこそ繭は有用なのであり、有用だからこそ神秘性を剥奪されているのだ。宇宙繭の幻想は成立しない。その中にいるのはせいぜいエイリアンである。

⑨ 宇宙卵を産んだのは一体何物か? そんなパラドックスにはもう新味が無い。卵は比喩であるに過ぎない。卵は子宮であり種でもある。宇宙に漂う体外子宮。そこに育まれる新たな宇宙。しかし、やはり子宮では面白くない。栄養補給や老廃物の処理において、完全な閉鎖形である卵の方がよりオブジェとしての存在感がある。

⑩ 「宇宙の種子」という幻想もあるが、こちらもあまり広まっていないようだ。むしろ「宇宙樹」の方が有名だが、どうも完結性に乏しいように思われる。やはりあ卵形が重要なのだ。根源的であり、個体的であり、空洞的な、あの完結した形態こそ宇宙幻想に相応しい。

⑪ 卵? たかが雛が孵るだけの代物ではないか。卵は割られなければならない。目玉焼きのような銀河が、割られた宇宙卵の中身だったとしたら、もはやそこには無限に類するイマージナリーは無い。割られた結果が閉鎖系の開放だったとしたら、完全性幻想は撤退するより他は無い。だから、目玉焼き銀河は宇宙卵の中身ではない、と断固主張してみる。

⑫ ところで、卵の中に白身と黄味が入っているというのは、どれほど確実なのだろうか? 毎朝何が入っているか知れない卵を割らなければならないとしたら、卵の消費量は激減するに違いない。

⑬ もし、幻想的宇宙卵があるとすれば、それはブラックホールのようにあるだろう。時空の歪みを光の曲率から割り出して、卵のような形をしているということが発見されるのである。見えない卵。だが悲しい事に、この真っ黒な卵を割ろうとする者は誰もいないだろう。殻の無い卵は、卵ではない。それは単に卵型であるに過ぎないからだ。

⑭ ブラックホールの幻想は、裏宇宙卵的幻想でもある。それは「砂漠は壁の無い迷路だ」というのと同じ意味合いを持つ。外からは見えず、内部からの脱出が不可能であるという仮定は、閉鎖系幻想を復活させ、内部は全て想像に委ねられる。しかし、ここからは何も産まれない。宇宙卵の持つ、胎動的恐怖、胎動的希望、硬く脆い質感。こういった物が欠けている。つまり、フェティシズムの対象とはなり得ないからである。

⑮ 閉鎖空間内部の空洞、密室トリック、に対する好奇心。この宇宙から宇宙卵内部への抜け道を捜し求めるとき、ブラックホールは一つの回答として取り沙汰される。しかし、閉鎖空間は、無限上昇思考を発動させ、それは即ち無限下降思考をも作動させてしまう。この地球、この人体。その内部にも宇宙がある。

⑯ 「地球空洞説」は、かなり根強く支持されている。支持団体も有る。地球の内部に別の世界があるという主張だ。極点付近に巨大な穴があいているように見える衛星写真や、世界中にある洞窟壁画、地下文明遺跡。洞窟は信仰対象となっているものが多い。信仰の源には異形の者の存在がある。穴倉から人間らしからぬ人間が現れる。彼らは何処から来たのか? 亀ケ岡遮光器土偶は宇宙人だという説の他に、地上の光に耐えられないからとサングラスをかけた地底人を象ったものだという説。そういえば、あの土偶、手の先っぽが尖っていたような気がする。掘削機械を持っていたのではないだろうか。

⑰ 宇宙卵を外から見るイメージばかりでは、足元がおろそかになる。案外、我々が暮らしているこの地表が、宇宙卵の殻の上だという想像は、そんなに魅力が無いだろうか。

⑱ 鶏の卵の大きさと殻の厚さ。ダチョウの卵の大きさと殻の厚さ。この比例関係を地球に適用した場合、地殻は卵の殻の許容範囲収まっているだろうか。この地球が文字通り卵だったとして、太陽を周回しながら満遍なく熱を受けて、時折胎動しながら確実に、何かの雛が成長しつつある、という空想はどうだろう。地球誕生から、四十五億年。そろそろ孵ってもいいころではないだろうか。