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青井サイベル
青井サイベル
novelistID. 59033
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ミッドナイト・キラー・ビーへの処方箋

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深夜に針をかざして飛び回るものがある。
それは心のかたちをしている。
わたしの。


顔は蒼く、腕は力なく下がり、脚をだらりと流し組んで、
一言も口をきけずに、独りでいる。
わたしの殺人蜂は、そのかたちをしている。


週二日しか酒を飲まないようにしたので、今夜はだめ。
月火に酔ってしまったから。
口惜しいとは思わないが、やたら喉が渇くので、冷やした茶を飲み通し。


真夜中に悪事はつくられる。
これまでにいくつもつくったからもうつくらない。
それらはしばしばわたしの人生を台無しにした。
だからもう。


ラファエル前派を観に行ってうっとりし、涙さえ浮かべた月曜日。
サイズ直しのおわった指輪を受け取り、帰りに地元のもつ焼屋で一杯
(というより飲みはしたもののそれ以上に一杯食べた)。
火曜日はのんびりと飲み。


水曜のメニュはトムヤムクンヌードル、パクチーたっぷり、法蓮草おひたし。
木曜は海老アボカドパスタと、舞茸バタ醤油ソテー、焼きそば。
この二日間はだらだらごろごろ。


昨日は近くの高台にある公園を散策した。
赤白桃の一重八重の梅。一本一本は主張しないが勢揃いでくると、美女たちがひな壇に座ってほほえんでいるような迫力すらある。
今日は眼科。
普段歩かないところをぶらぶらしたら、小さな駅なのに周囲のイルミネーションがとりどりにきらきらしていた。クリスマスマニアとしてはうれしい。


夫婦二人とも自宅にいて、終始行動を共にするようになってから(24/7というやつ)もう何年か経つ。
結果、それはまったくもって正しい選択だった。
二人とも精神病を抱え、ストレス過多の仕事をし、いくら時間があっても足りず、大爆発したり関係が壊れかけたりしたこともあった。
それが全部仕事のせいではないが、いまは二人が一緒にいることでストッパーに、ぐらつくそれぞれの心のストッパーになっていることは言える。


インドア派なので家にいちにちじゅう居ても飽きない。ずーっと喋ってる。
外出も楽しい。街や自然の景観を、人んちの庭から散歩中のかわいい犬やふとこちらを見て逃げるねこやアスファルトの隙間から生えている草や小鳥や、季節全部をまるごと、つまりは四季という時間と街という空間をまるごと手に入れたのだ。
もう、元の生活には戻れないし、戻らない。
無論金はない。つましい暮らしだ。でも、人間らしい暮らしを生きていて、もう何の不満もない。


「世界ねこ歩き」で、クロアチアだったか、片田舎の酒屋の外に、ねこがいた。
看板ねこらしい。
そこへ三人の地元のおじさんたちがやってきて外のベンチに座り、ねこを抱き上げて撫でていた。ビールを飲み、煙草をふかし、のんびりお喋りしながら。
「これが正しい人間の暮らしよね」お酒を毎日がぶがぶ飲まなくなったけど、こんな暮らしを見ていて、これだと思った。
いま生きてる暮らしは。
時間を売らない。陽射しを売らない。ねこのやわらかな毛並みや肢を売らない。おじさんたちや店のたっぷりしたおばさんの笑顔を売らない。


わたしたちももう何も売らない。ただ頂くことを感謝し、与えられるもの(殆どお金ではないもの)を手渡すだけ。それを近しい人にも、あかの他人にも、人でないものにも。
お金にならないけど、笑顔や感謝や称賛やおかしい気持ちにさせる言葉、握り合う手、


なんだ一杯ある。


真夜中の殺人蜂は、こうして幸せの薬を舐めさせなだめてやると木のうろに止まって羽根を休めたくなるらしい。
むろん、わたしの毒がさっきまでぶんぶん鳴っていたから、彼(彼女)は現れたのだが、今はしおらしく触覚をなめてる。


静かな時間に、せわしなく指だけが走る。
鍵盤を叩いてりゃもっとましなピアノ叩きになれるものを、こっちの方が面白いんだから仕方ない。


蜂が飛び立った。
別の空へ。
雨がくるよ、濡れないようにおし。
またおいで。