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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ・・第2部

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天井には、中学生の頃に貼ったビキニ姿の桜田淳子が相変わらず微笑んでいた。
「変わってないな、当たり前だけど」

ボクはぼんやりと思い出していた。




二月のあの日、国立の二次試験の前日に家を飛び出して恵子の家に行ってしまい試験を棒に振って戻ったボクに、親父はクドクドとお説教はしなかった。

ただ、一言だけ言った。

「大事な用だったのか?受験よりも・・」
その一言を聞いてボクは泣きだした。
そして洗いざらい、両親に恵子とのコトを打ち明けた。

全て聞いた後に、親父は言ってくれた。

「お前も大変だったな」
「でもな、お前よりも・・・突然、娘さんを失った向こうの親御さんの方が多分何倍も辛いと思うぞ、父さん」
勿論、お前が辛くないなんて意味じゃないが・・と。

親父の目も潤んでいた。
お袋さんは「あんた・・」と言ったきり、エプロンで目頭を押さえて嗚咽を漏らしていた。

「だから、これだけは覚えておけよ?」
「自分だけが不幸なんじゃない・・・自分よりも辛い想いをしてる人がいるんだってな」

その一言を聞いて、ボクは泣きじゃくる恵子のお母さんの顔を思い出した。




あの晩、お母さんは恵子の最後を話してくれた後、茫然として写真の前から動こうとしないボクに「今夜はもう電車も無いから、泊っていきなさい」と涙を拭きながら言ってくれた。

あの子の部屋は、そのままだから・・と。


ボクは、二階の恵子の部屋に通された。

畳の上にベージュの毛足の長い丸いカーペットが敷かれていて、学生時代の勉強机と椅子、本棚に白いファンシーケース。
頭の所にスタンドが付いた、低いベッド。

壁には、かぐや姫とNSPのポスターが貼ってあった。

ボクを通した後、お母さんは一度部屋を出て行き、暫くして戻って来た。
「少し小さいかもしれないけど、あの子の使ってたジャージでいいわよね、寝巻は」
「タオルは、これ」

「ベッド、使ってね」
「洗面所とトイレは廊下の突き当たりにあるから・・」

「じゃ、休んでね・・・何かあったら下にいますから」

恵子のお母さんはそう言って、階段を下りて行った。

ボクは暫く部屋の真ん中に座り込んで、ぼんやりと部屋を眺めていた。
何も考えられなかった。

でも、ふと気付くとボクの手には銀のオルゴールがしっかりと握られていたから、恵子がいなくなったのは本当なのだろう。

本来なら恵子から渡されるはずだった、このオルゴール。

ボクは、のろのろと着替えて、部屋の電気を消して恵子のベッドに潜り込んだ。

「・・・・」
頭まで掛け布団を被ったら、懐かしい恵子の匂いがボクを包み、ボクはまた泣いた。

「信じられないよ」
「何で?なんで・・・」

ボクは一晩中、恵子のコトを考えていた。
結局、眠れないままに朝を迎えて、ボクは起きだして洗面所に行った。

使い捨ての歯ブラシが置いてあったから、それを使って顔を洗った。

恵子の部屋に戻ったボクは、ベッドを直して着替えてもう一度・・・部屋を見回した。

「じゃ、行くね」

ボクは階段を下りた。
一階の居間では、作業服姿の恵子のお父さんが新聞を読んでいた。そして、階段を下りてきたボクに気付いて、新聞をたたんでボクを見て言った。

「眠れたか?少しは」
「お早うございます」
「眠れませんでした・・・」

「そうだろう、顔色が悪い」

「朝飯食べて、帰りなさい」
「ご両親には言ってきてないんだろ?」

「はい、手紙読んで飛び出してきちゃいましたから」

「恵子も・・きっと嬉しかったろう」
「来てくれて、有難う」
それだけ言って、お父さんは出て行った。



ボクはお母さんに食卓に着く様に言われて、朝ご飯をご馳走になった。

きっと、本当なら美味しいんだろうけど味はしなかった。
それでも何とかご飯を一膳、お味噌汁、おかずを少し頂いて箸を置いた。

食後、お茶を飲みながらお母さんが言った。

「お父さんとも話したんだけど」
「小川さんは、まだまだこれからだから」
「恵子のコトで、あんまり思い詰めないで下さいね?!」

あれは、本当に運の悪い事故だったから・・・と言った。
そしてお母さんは食卓の片付けをして、ボクは恵子の家を後にするコトにした。

店の框で靴を履いていた時、お母さんが言った。

「四十九日が終わって納骨の時は、ご連絡しますから」
「一緒に見送ってあげてくれる?」

「はい、また来ます」
「有難う、あの子も喜ぶわ、きっと」

ここに来て、初めておかあさんの笑顔を見た気がした。
だが、涙を堪えた頬は微妙に歪んでいた。

「お世話に、なりました」
「有難う、来てくれて本当に有難う」

お母さんは、ボクに向かって深々と腰を折ってお辞儀をした。
そして両手で顔を覆ってそれっきり、顔を上げなかった。

駅までの道は明るかったが、凍っていて滑りやすかった。
「納骨って、恵子、お墓に入っちゃうんだ・・」

「当たり前のコトなんだけど、死ぬってそういうコトなんだな」と独り言を言いながら、駅に着いた。

上りの列車は空いていた。
ボクは4人がけのボックスシートを一人で占領して、前の席に足を投げ出して車窓の外を眺めた。

外は雪景色が続き、遠くに真っ白な山並みが見えた。

「乾徳山、行けなくなっちゃったね、恵子・・」

福島で上野行きの特急に乗り換えて窓の外を眺めていたが・・疲れが出たのだろう、ボクはいつの間にか眠ってしまった。

上野駅に着いてボクは目が覚めた。
そして家に帰り、両親に恵子との全てを話した。

両親は国立を受けなかったコトを責めなかった。
それどころか、一緒に泣いてくれた・・恵子とご両親とボクのために。


受験を終えたボクは、四十九日の前に恵子のオルゴールをポケットに入れて早春の乾徳山に行った。

四十九日を過ぎると魂は仏様になってあの世に行くんだと親父に聞いたから、2人で登ろう・・と、恵子とした約束だけは守りたかった。





「参ったな・・」

久しぶりの自分のベッドに寝転がりながら、走馬灯の様に頭を駆け巡る思い出の大波にいつしか時間の経つのも忘れていた。
ボクはベッドから起き出して一服した。

この部屋を見渡しただけでも、隅っこには新聞紙の上にチヨダの登山靴が置いてあるし、手入れを怠って使いっぱなしのアイゼンは錆びた爪のまま、柱に打ち付けたフックからぶら下がってる。

「こいつら、何とかしてやらなきゃ」

ボクは登山靴の泥をブラシで擦って落とし、ワックスを塗って乾いた新聞紙を詰め込んで押し入れに仕舞った。
そしてアイゼンも爪をワイヤーブラシで磨いてからオイルを塗りたくって、タオルでグルグル巻にして押し入れの登山靴の隣に置いた。

「さ、後はピッケルだな」
部屋の角に逆さまにしてあったシモンは、ブレードもピックも錆びてなかったが、全体にくすんでいたからワックスで磨いて革ケースを着けた。

靴、アイゼン、ピッケル・・・最後の山行の道具を仕舞い込んだボクは、納得していた。
この部屋に帰ってこなかったのは、忙しいからだけじゃなかったんだと。
きっと心のどこかで、帰ってきて思い出すのを避けていたんだろう。

「思い出さないワケ、ないもんな」また独り言。
作品名:ノブ・・第2部 作家名:長浜くろべゐ