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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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駆け込み現実逃避

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「ああっくそ!
 こんな日に寝坊なんて!!」

前日に遅くまでプレゼン資料まとめていたせいで、
よりによって今日の大事な日に遅刻してしまった。

この計画が四菱株式会社の社運を左右する大事なものだってのに!!

改札を走り抜けて駅のホームに猛ダッシュ。
すでに駅員が指さし確認して今にも発車寸前。

「待ってください!!
 乗ります!! 乗りまーーす!!」

乗車率120%オーバーの車内にもお構いなしに飛び込んだ。
ちくしょう、誰か降りろよ。


プシュー。

人にぎゅうぎゅうに押しつぶされながら電車が動き出した。
ひと安心していると、アナウンスが聞こえてきた。


『このたびは、現実逃避車両に
 ご乗車いただきありがとうございます。
 当車両はこのままどの駅にも止まらずに
 突っ切っていきますのでご了承ください』


「はぁ!?」

慌てて社内の緊急停止ボタンを連打するが、止まらない。
俺の降りる駅を素通りして電車はどんどん進んでいく。

人をかきわけて車両の最端につくと、
運転席をたたいて声のかぎり叫んだ。

「おい! 止めてくれ!!
 乗る電車を間違えたんだ!
 俺にはこれから大事な仕事があるんだ!!」

電車は止まらない。

「この日のためにすべてを進めてきたんだ!
 金ならいくらでも払う! だから早く止めてくれ!」

電車は止まるどころかさらにスピードアップ。
窓の風景が、殺風景なビル街から一転した。


『みなさま、自然エリアに入ります。
 存分に現実の疲れを癒してください』

窓の外には、広大な草原が広がり川が見える。
のどかな風景に全員が窓にくぎ付けになった。


『みなさん、毎日を忙しく生きていませんか?
 生き急いでいませんか? 疲れていませんか?
 もっとゆっくりしてください。
 人はそんなに早く生きていけるようにはできてません』

車内アナウンスとともに、外の音が聞こえてくる。

鳥のさえずり。風が凪いでいる音。
木々の葉がこすれる音で車内が満たされていく。


ああ、俺はなにを急いでいたのだろうか。
まるで人生のすべてがこの一瞬にあるように思っていた。
心の余裕なんてこれっぽっちも持っていなかった。


『人生はまだ長いんです。今がすべてじゃないんです。
 空の青さに感動しなくなって、
 人のやさしさに感謝できなくなるような生活は忘れましょう。

 人間、心の余裕があるから人に優しくできるんです』


「そうだよな……」

思わず声に出てしまった。

気が付けば毎日同じ生活をしていた。
それが正しいあり方だと思っていた。

いつも乗る電車をひとつ変えるだけで世界は変わるのに。
心に余裕がなくなる生き方を自ら選んでいた。


しばらくすると、草原のど真ん中で電車が止まった。


『では、折り返します。
 乗客のみなさまを現実へと引き戻します』

電車は草原を抜けて、ぐんぐんスピードを上げていく。
緑は失われ高層ビルとコンクリートが窓の風景を埋めていく。

けれど、一度、肩の力を抜いたせいなのか
その人工的な風景も今では人間の文明発達として余裕持って眺められる。

この電車に乗る前は、街を見ることすら忘れていた。


『まもなく、現実へと到着いたします。

 現実では働かなければ生きていけません。
 忙しくしていなければ生きていません。

 でも、どうか心の余裕を忘れないで下さい。
 日々の忙しさに豊かな心を失ってしまっては、
 あなたが人間として生まれた理由がなくなってしまいます』

泣かせるアナウンスが終わると
電車は元の駅に停車した。


ぷしゅー。


ドアが開いて、俺はホームに降りる。
この車両に乗る前とはまるで違うふうに見えた。

「あんなところに落書きあったんだなぁ。
 ふふ、あの人、ベンチで眠りこけてるよ」

ぐっと視野も広がり、疲れも取れたようだ。


『まもなく、現実逃避車両、発車いたします』

すると、駅の階段を駆け上ってくる激しい足音。
スーツの男が満員の車両に飛び込んだ。
あまりに急いでいたので携帯電話がこぼれ落ちた。

「あの! ケータイ落としましたよ!」

車両へ振り返って気が付いた。

俺以外誰も降りていないこと。
そして、ケータイの落とし主が自分の部下だということ。

通話しっぱなしのケータイ電話から声が聞こえる。

『あいつのせいで四菱は倒産になった!
 この責任はいったい誰がとるんだこらあ!
 戻ってきたら絶対に許さねぇ!!』



俺はすぐに現実逃避車両に体を滑り込ませた。
そして、もう二度とこの車両から降りることはないだろう。


『現実逃避車両、発車』

俺以外誰もホームに降りない理由がわかった。
現実は一度離れるともう戻れない。
作品名:駆け込み現実逃避 作家名:かなりえずき