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お蔵出し短編集

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明日へと繋ぐ橋


で、僕は何とも居心地の悪いものを感じている。
だから受けると思う視線の先に目を向けるんだけど、誰も僕と目が合うことがない。
例えばそれは水の中で魚に手を向けるような、僕が動き始める瞬間の波紋を理解して本能的にその矛先を避けるような。
まあ、気持ちは分からなくもないし、半分は僕の被害妄想で、半分はきっと真実だ。
だって僕は芸能人で、テレビにも出ていたし、顔はそこそこ売れていたはずだから。
そう、あの時までは。

僕の転落は、先輩芸能人のお誘いがきっかけだった。
あるテレビ映画の撮影終了後の打ち上げで、ささやかなパーティを開いているとき、僕は少し飲み過ぎたことがきっかけで会場の外へと風に当たりに出た。
飲み過ぎたのは、まあ何というか、その映画の主演女優さんが僕の好きな人だったと言うことがあり、良いところをみせたかったからなんだけど、結局ろくすっぽ話をすることも出来ず、気がついたら彼女はマネージャーさんとタクシーに乗って会場を去ってしまっている有様だった。
だから僕はと言えば、彼女とろくに話が出来なかったことや、せっかくもらった脇役の中でも比較的大きな役割があったこの映画の撮影が終わってしまうことの寂しさなどで、ぽっかりと空いた心の空洞を何かで充たしたかったのかも知れない。
夜の闇を求めたのは多分そんな理由だ。
そんな時、暗がりに浮かんだのは赤くて小さな炎だった。
ぽっと浮かんだそれはライターの火で、近づけられた顔は、僕の事務所の先輩にあたる杉村さんのモノだった。
「杉さん」
僕はだから杉村先輩、杉さんに声をかけた。
するとびくっと杉さんは肩をすくめて、驚いたように口を小さくすぼめて僕を見た。
そしてここにいるのが僕だと分かると、はあと安堵したように肩を落とした。
「おどかすなよ」
と杉さんは言った。僕は杉さんの隣に歩き、脇腹を軽く右肘で付いた。
「ホタル族ですか」
僕はそう言ってニヤリと笑った。
杉さんは困ったように眉根を寄せて、
「まあなあ」
なんて歯切れの悪い言葉を返した。
そして辺りをまたキョロキョロとすると、そこにいるのが僕だけであるのを確かめるようにして、手に持っていた煙草にそそくさと火を付けた。
そして、何とも大仰な仕草で一服すうと吸い込んで、ぶはあと煙を吐き出した。
そのまま杉さんは項垂れて、僕はと言えば、その仕草を見ながら普段から『変だ、変だ』と思っていた先輩の頭を垂れた姿に、言いようのない情けないような、哀れなような何かを感じていた。
だから、僕は先輩の元を離れるべきだと思い、そっと一歩自然な振る舞いを心がけて後ずさった。
すると、
「待てよ」
先輩がぼそりとそんなことを言った。
その顔は相変わらず下を向いたままだ。
だけど、芸能事務所の先輩後輩というのはある意味絶対的な支配関係を持つ場合がある。
僕らの場合は割とそうで、お互いに売れていないもの同士だからこそ、そのパワーバランスは主に『経歴の長短』によるところが大きくなる。
くっとその顔が上がって不意に僕を見た。
するとその目は、完全に出来上がっており、座りに座って僕を静かににらみ付けた。
嫌な感覚だった。
こういうことの後に良いことがあった試しは少なくとも僕が芸能界に入ってからただの一度もなかったからだ。
「まったく、どいつもこいつも俺のことをなめ腐りやがって」
先輩はそう言いながら一歩じりっと僕に近づいた。
僕はそれを受けて一歩じりっと後ずさりかけて―――
「逃げんなよ、コラ」
と恫喝され、半歩でその足を止めてしまった。
先輩はまっすぐ僕の目を睨み付け、僕は吸い込まれるようにその目に見入った。
開きかけた形で瞳孔が固定されていて、その周りには赤い血筋が走っている。
嫌な感じだ。
先輩は、僕の目の前5センチまで自分の顔を近づけてきた。
よしてくれ、うっかりするとキスしてしまいそうだ。
僕がそんなバカなことを思っていると、先輩はゆらりと右手を挙げて僕と先輩の顔の間に突きだした。
そこには先輩が吸っていた煙草が先輩の指に挟まれ、先端を赤黒く焦がしていた。
「吸え」
と先輩は言った。
僕は正直嫌だった。
煙草を吸ったことがないわけではない。
でも、それはせいぜいが高校生の頃の話で、それほど美味しいモノとも思わなかった僕は呆気なく禁煙してしまい、それ以来煙草なんて吸ったことがなかったからだ。
しかも、この煙草は先輩が吸ったモノだ。
つまり、嫌な感じの間接キスだ。
げえ、と思ったが、先輩は僕の口元に煙草のフィルターをゆっくりと差し向けてくる。
だから、僕は、
しぶしぶ、口を付けた。
そいつを軽く吹かしながら、吸った。
それがきっかけで、多分、今に至る全ての理由だった。
作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名