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白【サンプル】

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 商人の声には残忍な笑いが潜んでいた。


 人だかりを離れると、白露は子供の肩から手を放した。
 すっかり脅えていたのだろう。へたりこんでしまった子供の前に、白露は穀物の袋を投げ出した。
「それをやる。どこへでも、好きなところへ行け」
 子供はきょとんと、白露と袋を見くらべた。
「おまえの好きにしていいと言ってるんだ」
 言葉があまりわからないのかも知れない、と白露は舌打ちした。旅のうちにいくつかの地方語は簡単な会話程度ならなんとか通じるようになったが、はたしてこの子供はどこの出か。着ているものはぼろ、髪も肌も汚れきってもとの色さえ判然としないのだ。
 汚れた顔の中で、大きな目が吸い込まれそうに黒かった。
「勝手にしろ」
 白露が歩きだすと、子供も慌てて後を……思い出したように戻り、穀物袋を抱え、ちょこちょこと追ってきた。
「ついてくるな!」
 ビク、とすくんだのは一瞬で、子供は歯を食いしばってついてくる。痩せた体には小さな袋さえ重荷らしく、裸足の足元がよろめく。
「うるさい!」
 剣の柄に手をかけると、子供はぎゅう、と目を閉じた。
「もうついてくるな」
 しかし、やはりひそひそとたよりない足音はついてくる。
「本当に斬るぞ!」
 半ば以上本気で叫んだとき、微かなものが白露の脚にしがみついた。
「……どこにも、行くあてはありません」
 声は震えていたが、訛りもないはっきりとしたことばつきだった。
「身寄りもありません。面倒なら、斬ってください」
 それだけ言うのがやっとだったようだ。子供は、細い体を引きつらせるように泣きだした。


 懐に飛びこんできた小鳥は殺せない。
 片手に穀物袋を抱え、もう片方の手で子供の手を引いて、白露は古着屋の前で立ち止まった。
「とにかくそれじゃあんまりだろう。釣りの分で服を買ってやる」
 白露の指を握った子供の手に、少し力がこもった。嬉しいというのだろうか。
「ところでおまえ、赤か、黒か?」
 子供の表情はとたんにこわばった。
「……もしかして……まだなのか? おまえ、まだ色つきじゃないのか?」
 子供は小さくうなづいた。
「……いくつだ?」
「十三」
「十三?」
 見下ろした子供は痩せている上に小柄で、せいぜい十ほどにしか見えなかった。
 しかし十三ならばもう、と言いかけて、白露はさすがに口をつぐんだ。この子供の痩せ方からすれば、しかたのないことだ。栄養が足りなくて、まともに育たなかったのだろう。
「まあ、そのうちなるようになる」
 気休めに頭をなでて、白露は店先に吊されていた服を手に取った。
(次は宿だな。それから風呂だ)
「いらっしゃいませェ、お泊りですかァ」
 妙に間延びした口調で、客引きの女が呼ぶ。
「おひとりですかァ」
「いや、二人だ」
 白露の陰に隠れるようにしていた子供を見ると、客引きの表情に微妙な引きつれが浮かんだ。
「……ああ。荷物を置いたらすぐに風呂に入らせる」
「それなら風呂に入ってからいらしてくださいなァ」
 女はもうそっぽを向いている。
 次の宿では客引きが目ざとく子供の姿を見つけて、さっさと奥に引っ込んでしまった。その次でも。
 今の時期は旅行者が多い。必死になって客を引かなくても、そこそこの儲けになるのだ。こんなぼろ雑巾のような子連れを泊めて、他の客の顰蹙をかっては困ると思ったのだろう。
 子供もそういう空気を感じ取ったのだろう。じりじりとしり込みをする気配が、そちらを見なくてもわかった。
「……風呂に入るか」
 割高になるが公衆浴場を使うしかなかった。
「……お風呂、高価い」
「個室を使うと余計にな。おまえみたいな汚いの、ほかの客からいやがられるからな、仕方ない」
 子供は無言でうなだれた。
「ぐずぐずしないでさっさとそのぼろを脱げ。つま先からてっぺんまで、磨いてやる」
「自分でします」
 そう言ってそそくさと浴室に入っていった子供は、意外なほど短時間で出てきた。
「ちょっと待て。……ここへ来てみろ」
 買ってやった古着の帯をもてあましていた子供は、びくんと体を縮めた。
「ここへ来い」
「……はい……」
 うつむきがちな子供の顔を、ぐいと持ち上げて眺めた。顎が細かく震えているのがわかった。
「顔がまだらのままだ。髪もちゃんと洗ってないだろう、臭いぞ」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃない。やっぱり洗ってやる」
 子供はそれでもぐずぐずとうつむいている。
「ほら、来い」
 白露もさっさと旅装をといて下着一枚になった。
 背や胸、腹には赤と黒で複雑な紋様が彫りこまれている。左のふくらはぎには、前の仕事で負った怪我がまだ治りきらず、赤黒い傷口を見せている。それらを見て子供はわずかに目をみはった。
「風呂は嫌いか」
「……いいえ」
 子供は諦めたように、体に巻きつけていた服を脱いだ。
 ためらう訳はすぐわかった。子供の体のあちこちに、赤い擦り傷や蒼黒い痣があった。
 どう見ても普通の怪我ではない。
 しかし白露は何も言わずに子供の体を洗った。垢がもろもろとくずれた。
「全然泡がたたない。いつから洗ってないんだ」
「わかりません。夏はなるべく水浴びするようにしてたけど、冬は寒いから……」
「流すぞ。目をつむれ」
 ざあ、と流れた湯の下から現れる肌は、それでも確実にもとの白さを取り戻していく。未分化の子供に特徴的な白さだ。
 熱情の血の赤、愛憐の闇の黒。男と女の性は、そのふた色で表される。
 どちらともつかぬ子供時代の象徴色は白。多くの子供は十才ころから分化がはじまり、十三才にもなれば完全に白の時代の名残を脱ぎ捨てているはずなのだ。
 磨くと、子供は見違えるようにこざっぱりした。灰色になっていた髪は実は艶やかな黒で、汚れのまだらを落とした白い顔によく映えた。
「まあまあだな。先に出て服を着ていろ。何か飲み食いしたければ外へ行って買ってこい。小銭をやっておく」
 しかし子供は頭をふった。
「背中洗わせてください」
「俺は洗ってもらわなきゃならんほど汚れてない。じゃまだ、出ていけ」
 子供はひどくがっかりした様子で出ていった。白露はやれやれと息をつき、もうすでにびしょぬれになっていた下着を取って湯舟に身を沈めた。
(あんな厄介物、拾ってどうする? いつからそんな結構な身分になった?)
 しかし、子供の体にいたいたしく刻まれた虐待の跡……
 身寄りのない子供が生きていくのはたやすくない。踏みつけにされ、殴られ、いじめられ、片隅に小さくなって命をつないできたのだろう。
(どこかに養い親か……せめて住み込みで雇ってくれるところをみつけてやるか)
 結局は捨て犬に食い残しの骨を恵んでやるのと同じことだ。自分はこんな偽善者だったのかと白露は渋面を作った。


 子供は、飼い主を待つ子犬そっくりの目をして待っていた。小さい両手に果物を一つずつ持って。
「買ってきたのか」
「甘くておいしいって。……はい、旦那様」
「……なんだと?」
 大きいほうの果実を捧げていた手を、子供はびくりと震わせた。
「おまえの旦那になった覚えはない。変な呼び方をするな。それになんだ、一人じゃまともに着替えもできんのか」
作品名:白【サンプル】 作家名:みもり