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たららんち
たららんち
novelistID. 53487
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夏風邪

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日曜日、夜、私は風邪を引いた。なんだかだるい、頭がぐらぐらする、一体どうしたのだろう。そんなことを母に聞いたら「風邪じゃない?」との返事が来た。なるほど、と思い熱を測ってみると三十八度超、間違いなく風邪を引いていた。
 自他共に認める馬鹿である私が風邪を引くなんて、もしかして自分は馬鹿ではないのかもしれない。そう思っていたが、どうやら夏風邪は馬鹿が引くらしいので結局私は馬鹿なのだと改めて認識できた。

 翌日、月曜日の朝。夜ぐっすり眠れば明日には治るだろうという目論見は、「今年は冷夏です」だとか「今年は暖冬です」だとかいう、あてにならないお天気予報のように外れた。
 まだ少しだるい体を引きずって一階に降りた私は、母の作ってくれたおかゆを流し込んだあとすぐに布団に戻った。
 あまり眠くは無いが、何かをする気にもなれない。そんな状態でも、じっと天井を見ているうちに、いつのまにか私は眠っていた。

 目を覚ますと時刻はお昼ちょっと過ぎ、一番暑い時間帯だった。家族はみんな仕事や学校で出払っている。静かな家の静かな部屋にある私のベッドには、開け放した窓から夏の日差しがさんさんと降り注いでいた。
 ふと横目で携帯を見ると、メールの通知がピカピカと光っているのに気がついた。それをベッドから極力動かないように、手を精一杯伸ばしてつかもうとする。気がつくと上半身がベッドからずり落ちていたが、元に戻る気にもなれないのでそのまま仰向けになって携帯を開いた。
「だいじょうぶ~?」
 友達からのメールは、かわいらしい絵文字と顔文字を多用したものだった。そのメールに「どうも、夏風邪を引いた馬鹿です」と簡素な文を入力し、今見ている自分の部屋の天井を写真に撮って添付した。
「おかえし~」
 という文章と共に返ってきたメールには、クラスの様子が写された写真が添付されていた。まだお昼休みなのだろう、雑多に並んだ机と椅子、各々が好き勝手話して、好き勝手笑っている、そんな騒がしそうな、いつもの様子が映し出されていた。
 いつもなら私もあの中にいて、同じように笑っているのか。そう思うと同時に、今の私は教室にいないのに、いつもどおりに学校は始まって、終わっていくのだ。そう思った。
 そう思うと、なんだか無性に悔しくなった。なんて自分はちっぽけな存在なんだろう、私がいてもいなくても、世の中は普通に回っていくのだろう、と。
 腹筋に力を入れて上半身を起こす。足がベッドの上に上がったままなのでなかなかにきつい。
 その体勢のまま、私は窓の外を見た。
 風邪っ引きの私を笑うかのような青空、白い雲、うんざりするほど熱い日差し、そよよと吹き込む綿菓子のような風と、それに揺れる白いカーテン、じんわり吹き出る額の汗。







 ――あぁ、これはもう、だめだ。







 そそくさと着替えて自転車に乗る。自分がちっぽけな存在なら、少しくらい、ほかと外れたことをしても大丈夫だろう、そんなことを思いながら。
 そういえば、あまり具合も悪くない。お昼まで寝て、だいぶ体調も落ち着いたみたいだ。夏の風に吹かれながら、今更に気づく。
 公園、小さな川、小さな道路に植えられた街路樹の木漏れ日。全身に夏を感じてペダルを漕ぐ私の足には迷いが無い。私のお気に入りの場所へいち早く向かいたいという、心の底の気持ちを表すように自転車は早くなっていく。
 風が気持ちいい。けれど、汗が止まらない。次々と変わる景色、そして荒くなっていく息、なぜだか無性に叫びだしたくなる気持ちが抑えられなくなり、私は叫んだ。

 私はちっぽけな存在だ。でも、だからこそ、このお気に入りの大きな木の根元で、静かに夏を感じられている。汗をかき、息を荒げ、とても人に見せられないような表情をしていられる。
 これが有名人なら、スクープものだ。そう思って、記事の見出しを少し考える。
『超有名人、あられもない姿で町内を激走! 原因は馬鹿な夏風邪?』
 考えて、口元が少しほころぶ。きっと、こんな馬鹿なことを考えている、馬鹿な女子高生は私くらいだろうな、と思う。むしろ、私くらいだけでないと、この日本の先行きが不安になってしまう。
 くだらないことをそれからしばらく考えていると、あくびが一つ。急に体を動かしたからだろうか、眠気が突然襲ってきた。
 あたりを見回して、誰もいないのを確認した私は、その眠気に自分の身を預けることにした。





 火曜日、朝。ベッドの中で、うーうー唸っている馬鹿が一人。私だ。汗をかいて、それを拭きもしないで、夕方冷え込んでくる時間帯まで眠っていれば、そりゃ風邪が悪化するというものだ。
 頭がいたい、体が重い、鼻が詰まって息ができない、何より寝たきりで暇。私のこの様子を見た母は、近所の情報網で私が外に出たことを知っていたのか、「自業自得」と軽く流した。
 そしてまたお昼過ぎ、多少はマシになった体を起こして窓枠にひじを突き、相変わらず風邪っ引きの私を笑っているような外を見る。
 ちっぽけな私のちっぽけな日常、その中にあるちっぽけな非日常である今日を、大切にしよう、そう思った。

作品名:夏風邪 作家名:たららんち