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みやこたまち
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novelistID. 50004
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通夜

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総務関係の仕事というのはとかく、いらん事に気をつかわされるものだ。習慣として訃報欄に目を通し、苗字と住所から関係者かどうかを推測する。もし該当者があれば、規約にのっとった花輪や弔電を手配し、回覧を回す。二月にしては奇妙に生暖かい休日の朝も、私はそうやって新聞を眺めていたのだが、ふと例の習性、つまり「手配しなければならない」という義務感が湧き上がってきた。ところが、もう一度記事を確認してみても、該当するものは見当たらない。それでも、焦りのような義務感は一向に去らなかった。私は、一行一行を指で追いながら、再度記事を読んでみた。そして他の記事とは異なる特徴をもった一つの記事を、探り当てる事が出来たのである。

 名村道也 二十七歳。S病院で28日午前3時に死去。告別式は30日午前10時より町番地にて。喪主は妻貞子

 仕事の関係者にこの苗字はいない。ただ二十七という年齢と住所の近さが、私をいたたまれなくしていたのだろう。

「名村ねえ。名村名村……」
 私はトーストからジャムをはみ出させながら、しばらくその名前を口ずさんだ。そして唐突に、私はその名前を知っているのだということを思い出した。
「あの名村じゃないのか。おいおい。あいつ結婚してたのか。どうして死んだんだろう。あの頑丈な奴が……」
 私の胸に、ランドセルの中身をぶちまけた子供と、私の周りを走りまわっている子供のいる情景が表れた。私と、名村だ。私を遠巻きに囲んではやし立てている同級生達を、名村は追い掛け回していたのだ。私に謝罪させようとして……

 そう。私には友人と呼べるものは一人もなく、ただ彼だけが私のことを庇ってくれたのだった。中学からは全く別々になり、今まで会わずに過ごしてきたが、その時の恩だけでも私はご焼香をする義務があると思った。通夜は何時からから分からないが、告別式の前日の夕方ならきっと支度も出来ているだろう。そしてそれは今日なのだった。私は香典袋を買い、なるべく地味な格好を整えて、それから夕方まで彼の事を考えてすごした。
 私が黙って立ち尽くし、彼が連中を追い掛け回す。理由はいろいろだったが、光景はいつも同じだった。気がかりなのは、通夜に当時の知り合いが来るかもしれないという点だったが、あれから九年も経っているのだから、それほど酷いkとにもならないだろう。それに線香を上げてくるだけのわずかな時間だ。今日は平日だから、四時ごろならまだみな仕事をしているだろう。そうやって、自分を安心させなければ、私は彼のところへ行けないのであった。私の中では、あの当時のことは全く解決されていない。それは、彼がいたからだろうと思う。私がすべきことを彼にやらせて、私は成長しないまま大きくなってしまった。今も私には友人が一人もいない。そんな私を彼は「進歩しない奴だ」と言って、笑ってくれるだろうか。

 休日には車の運転をしないことに決めていた私は、5時前に到着できるだけのゆとりを持って、家を出た。その日の午後、何度か電話が鳴ったが、休日には電話にも出たくないので、いつも通り無視していたが、もしかしたら、連絡網で彼の葬儀について打ち合わせがあったのかもしれない。だが、あんな連中と一緒に彼を弔うつもりは始めから無かった。彼らと私とが同じように彼を見る事など不可能だからだ。 私は早々にほころびはじめた梅の木の香る道を、歩いて行った。止めど無く湧いてくる彼の背中の記憶。或いは、それらは全て同じ一つの記憶だったのかもしれない。
 中学では彼のような相手は現れなかった。高校でも大学でもそうだった。小学生の時、子供が自分の位置と役割とを明確に自覚する期間にだけ、彼は私の前にいた。そこで私は孤独を培ったのだ。その先はずっと、身に着いた孤独の中でだけ暮らせばよかった。私の心は歪まなかった。それは私に対して酷いことをした連中を、彼が残らず殴りつけてくれたからだ。それで私はストレスを解消できていたのだろう。彼らは殴られるべきことをしていたのだから、当然だったのだ。彼は正義だった。私は彼の正義の素だった。触媒だったのだ。自分から何かをする必要はなかった。
 本当は、同級生たちに無視されても、物を隠されても、これ見よがしに避けられても、僕は、ちっとも苦痛じゃなかったのではなかったろうか。そして彼のしていることも、私にとっては全く何も関係がなかったのではなかっただろうか。そういえば、私の記憶には彼の声が残っていない。礼を言ったことも、励まされた事も無かった。私は立ち尽くし、彼は殴りつける。それだけだ。私だけは彼に殴られなかった。つまり私は彼に無視されていたのだ。私が他の全ての人間を無視しつづけていたように。

 彼の家は区画整理のためどこかへ移転していた。四車線道路の真中が彼の元の住所だった。きっと新聞には新しい住所が記載してあったのだろう。私は行き場を無くした。だがそれで良かったのだとその時思った。名村道也という名前ももはや確かではなくなっていた。谷村だったかもしれないし、田村だったような気もしていた。私は彼の顔すらよく覚えていなかった。死んだのが本当に小学校時代の同級生だったのかどうか分からない今となっては、かえって彼の家がここに無くて良かったとすら思われた。もし間違いだったら、あまりにもみじめではないか。
 私は暮れかけた日を背中に浴びながら引き返した。そして思った。
「もし、本当に死んだのがあいつだったとしても、もう弔いの義理は済んだ。だって、今日はあいつの事をずっと考え通しだったんだから。故人の記憶を語り合うのが通夜なのだ。それはもう十分にやってやったんだ」
 私はコンビニへ寄って、菓子と飲み物を買い、香典袋から金を払った。日が暮れて辺りは急に二月の厳しさを取り戻しつつあった。
「もう夕飯だ。なんだか食べてばかりいるな」
 そんなことを考えながら、私は歩きつづけた。その後も、死んだのが彼だったのかどうかは確認していない。生きていても、死んでいても同じだからだ。私にとっての彼も、彼にとっての私も。

終わり
作品名:通夜 作家名:みやこたまち