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血と肉。

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血と肉。

0.
陽の差し込まない狭い一室、隅には砂埃や綿埃がうっすらと滞積している。布団から手を伸ばすと直ぐに家具や壁の圧迫を受ける。
唯一の窓も家屋を覆う木々に阻まれ、全開にしたところで風を一切通さない。窓枠は建付が悪く、動かす度に大仰な音を立てる。息が詰まる部屋。


1.
私が生まれたのも陰鬱とした農村でした。
鬱蒼たる樹海と城壁の様に立ち塞がる山々に畏れをなし、日々の糧を得る事だけに追われ発展も進展も立ち行きもならない寂れた村。
産業を興すにも土地と費用は捻出できず、肥料を撒いても土を入れ替えても収穫の質も量も改善されない痩せた畑を耕し、湾曲し節くれ立った手で半日を内職の細々とした作業で費やす住人。どれだけ身を尽くしても窶しても生活の足しにならず、それでも何かが欠けた状態が常でしたので我が身を恨む事はありませんでした。
父も母も同郷で誕生し成長し互いの縁を結んだ人間でしたので、他の住民と相応に村の風習と風俗に全ての行動の決定権を委ねている有様でした。
思い返してみると、当時の生活は無知が骨の髄まで流れ一族郎党に至るまで盲目の様でした。

村を幾重に取り囲む常緑樹は暗緑色で埋めた不死の象徴であると共に、永遠に途切れぬ鬱塞の象徴でもあります。
山稜を越えるだけで窮乏と無縁の生活が保障されていると知りながら、峠を越える者も樹海に足を踏み入れる者も滅多には現れませんでした。
稀に外界に居住を構えた人間も結局は土地に馴染めず、懐郷病に罹り数年も経ずに身を軋ませる日々に立ち戻ります。
陰樹の側に寄り添い大海を知ることなく朽ちていく生涯。

鄙な田舎の性風俗に好色な想像を向ける下世話な人間は何処にでも存在していますが、彼らの好奇心を満足させる事実が行われた過去は一片もありません。
遠かれ近かれ血縁関係にあり相互が深層心理の段階で強固に纏められておりましたので、不必要な情欲が噴出する理由がありません。尤も過酷な農作業と内職生活では疲労の癒しが最優先事項であり、情事に耽溺する余裕など微塵も存在しませんでした。

村での食事は具も味も殆ど無い汁物と、湯で限界まで嵩を増した雑穀粥を一日二度口にするくらいです。収穫の時期にはこれに漬物か煮物が幾つか加わります。
肉類は稀少品の扱いです。家畜に餌を与える余裕も無いため誰かが森で小動物を捕まえる以外には手立てはありません。
尤も肉を口に出来るのは葬儀と出産を控えた妊婦のみと限られています。
妊婦には丈夫な子を生むように祈りを込めて肉が渡されます。
葬儀では通夜が夜半を過ぎた頃、参加者達に聖餐の儀式を遵守するよう大皿に山に盛られた肉を配り燭台に灯された光のみを頼りに一晩かけて食します。全てを食べ尽くすまで参加者は口を開く事を禁じられています。暗闇と沈黙の中、静かなる背徳感と奇妙な連帯感で全員が結び付けられます。
食事が終わっても席を立つ者はいません。明け方になるまで死者への追想として祈りを捧げます。こうして死者と生者は一体となります。
死者の骨は集められ、村の共同墓地へ埋められます。墓石はありません。骨になった死者にはもはや魂が宿ってないとされ、追憶の対象となる以外何の価値もありません。
私が初めて葬儀に参加したのは六つか七つの時でした。
私の家族と取り分け懇意な関係だった家で人死にがあり、家に一人幼い子供を残す道理にもいかず、私は家族の言い付けを厳守する代わりに参加を許可されました。
不謹慎ながらこの時の私は初めて食した肉の味に強く心惹かれ、儀式の異様さも気に留めず、次の葬儀を心待ちにしていました。葬儀の真相を知るのはもう少し後、意図が分かるのには更に長く掛かりました。


閉塞した世界で私が最も好んだ時間は黄昏時の一瞬。
僅かに時計の針が振れれば真の闇夜、住人は作業の手をしばし留め、短い黄金の陽に身を委ねながら長い祈りを捧げます。一族の永遠の平穏と繁栄。大地と祖先への信仰。
先祖代々途切れることなく受け継がれてきた祈りです。

作品名:血と肉。 作家名:兎月