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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 白い、光の中にいた。
 ――パパ
 小さな右手を、大きな左手が包み込むように握っている。ゴツゴツした手は力強く、ほっとする温もりに満ち溢れている。そっと握り返すと、父はこちらを見下ろした。何か言ったように思うけど、声は聞こえず白い光が眩しくて表情も見えない。
 ――ママ
 反対側の左手は柔らかな右手に包まれていた。優しく手を引く感触に甘えたくなって、くいっと手を引っ張る。すると母はそれに引かれたように近寄ってきて、ぴったりと寄り添ってくれた。
 両親に連れられて、どこかも分からない空間を歩む。ここはどこなのだろう。どこに行くつもりなのだろう。白い光が眩しくて、二人の表情は見えない。どこへ行くの。そう尋ねても答えは返ってこない。父と母に手を引かれて、白い光の中を歩いていく。どこかもわからない、どことも知れない場所へ。
 嫌だ。そっちには行きたくない。
 そう思った途端、両親と一緒にいる幸福感は綺麗に吹っ飛んだ。嫌だ。行きたくない。怖い。怖いよ。この先にいっちゃいけない。そう心の中で叫んだけど、何故か口を開けず、足は勝手に歩みを続ける。止まりたいのに止まれない。父も母も、この先に何があるとも知らず黙々と歩いていく。一歩一歩、その場所に近付いていく。膨れ上がる恐怖感からのがれたくて、きつく目を瞑った。
 その時、不意に両親が足を止めた。
 突然のことに危うく転びそうになった。バランスを崩して前のめりになったが、手を繋いでいたのが幸いしてなんとか踏みとどまる。目を開けると真っ白な光に目を焼かれて、再び目を瞑った。何故歩くのをやめたのだろう。嫌な予感が胸一杯に広がる。怖くなって縋るようにつないだ手に力を込めたが、不意に右手から父の手はするりとすり抜けていった。
 ――パパ!
 驚いて手を伸ばしても、掴んだのは空ばかり。軽快な足取りで、父はどこかへ走り去っていく。嫌な予感がする、まさにその方向へ。突然のことに混乱しながらも、走り去る父に呼びかけたが、父が振り返ることはない。
 ――どこに行くの! 待って! 待ってよ!
 叫んでも、父の姿は遠のいて、光の中に消えていく。待って。戻ってきて。何度叫んでも父は帰ってこない。今ならまだ間に合うのに。帰ってこないならもう会えない。もう二度と。父さんを止めてと母の右手に縋ったけど、母は動かなかった。どんなに訴えても聞かなかった。どうして? どうしてパパを止めないの? パパを連れ戻して! ねえ、ママ!
 しかしどんなに訴えても、母は動こうとはしなかった。それどころか母までもが手を放し、突き飛ばすかのように肩を押した。尻もちをつくことはなかったけど、突然のことに驚いて、硬直したまま母を見上げる。母は数歩後ずさると、近づいてはいけないとでも言うかのように首を横に振った。けれど、父がいなくなった今、続いて母もいなくなるなんて耐えられない。母は立ち去ろうとしたが、その前に飛び出して母の右手にすがりついた。
 次の瞬間、母の姿は弾け飛んだ。
 白い光が、真っ赤に染まった。目の前が、真っ赤に染まった。手の平から温もりが滑り落ち、どこかへ消えていく。訳が分からなくなって、ただ茫然と立ちすくんだ。
 何も見えない。赤黒い闇以外何も見えない。誰もいない。闇の中で独りぼっち。誰もいなくなった。いなくなってしまった。アイツのせいで、私を置いてどこかへ行ってしまった。
 ――違う。
 どこかへ行ってしまったんじゃない。死んだ。この世からいなくなった。私を独り遺して逝ってしまった。黒いお化けに食べられて。アイツのせいで。
 ……アイツのせい? 違う。違うよ。頭の中で声が響いた。違うよ。間違ってる。独りぼっちになったのは、みんないなくなってしまったのは、
 ――お前のせいだ。
 振り返ると、緋色の髪の人物が一人、佇んでいた。
 口元に、邪悪な笑みを浮かべて。
 ――お前が殺したんだ。
 ソイツはそう言った。
 ふと両手に視線を落とすと、そこは真っ赤に汚れていた。



 最悪な気分で目を覚ました。
 悪夢のせいか身体は怠く、頭はキリキリと痛む。軽い吐き気と息苦しさ。嫌な汗で衣服がべっとりと張り付いている。身体の内側からも外側からも齎される不快感に、リゼは息をついて目を固く閉じた。
 リリス(あいつ)のせいだ。あいつが仕込んだ諸々の出来事のせいで、胸糞悪い夢を見る羽目になった。ここしばらくは見なかったのに。もう見ることはないと思っていたのに。子供じゃあるまいし、いつまでも何を怖がっているのだ。もっと強くならなければ。もっと――
「リゼ」
 突然降ってきた囁き声に、リゼは閉じていた目を開けた。夜明け前の薄明りが注ぐ中、黒っぽい影がリゼを覗き込んでいる。黒曜石のような双眸はまっすぐリゼを見据え、気遣うように揺れていた。
「リゼ、大丈夫か? 魘されていたみたいだが」
 アルベルトが心配そうな表情でリゼを覗き込んでいた。垂れ下がった黒髪が端整な面を縁取っている。しばらくぼうっと彼を見つめてから、はっと我に返った。
「別に……悪い夢を見ただけ」
 リゼは視線を逸らし、起き上がって彼に背を向けると、そっけなくそう呟く。悪夢なぞ、心配されるようなことじゃない。怖がってる場合じゃない。自分への苛立ちから、リゼは毛布を握りしめた。力を籠めすぎて、拳が白く染まる。それでも構わず毛布を握りしめていると、不意に右手を掴まれた。
 突然のことに驚いて力を緩めると、毛布が掌から滑り落ちた。空になった手を、アルベルトの両手がすっぽりと包みこむ。彼はそのまま手を祈るように額に当てた。何のつもりなのかと訝しんでいると、彼は詠うように文言を唱える。
「悪い夢は白紙に。良い夢はたくさんに。君の中の悪い夢が、温かい光に変わりますように」
「……なにそれ」
「悪夢を見た時のおまじない」
 知ってる。それは悪夢を見た時のおまじないだ。彼も知っているということは、このおまじないは非常に有名なものだったようだ。悪夢に怯える幼子を宥めるために、母や祖父が唱えてくれたおまじない。こんな風に、優しく手を握って。
「子供扱いしないでよ」
 リゼはむっとして文句こそ口にしたが、手を振り払うことはしなかった。そこまでするのも面倒で、離す気になれなかったのだ。その代わり眉間に皺を寄せて、見せつけるように不機嫌な表情を作る。しかし彼は手を放す様子もなく、「子供扱いするつもりはないよ」と言って笑んだだけだった。
 リゼの白い手を、アルベルトの両手が包み込んでいる。とても温かい手だ。剣を握っているためか皮膚は硬く、思ったよりも大きくて力強い。それでいて優しく、心安らぐような――
 不意に焦燥に駆られて、リゼはアルベルトの手を振り払った。突然のことに、アルベルトは驚いた様子でリゼを見る。空っぽになった手と驚いている彼を交互に見ながら、リゼは空いている手でズキズキ痛む頭を押さえた。
 濃い闇の中に放り出されたような気分になる。胸の奥が冷えていくような、薄氷の上を渡るかのような、居心地の悪い気分。それに加え、今すぐここから離れなければという焦燥感が胸を焦がす。ふと広げた右手に視線を落とすと、そこは赤く汚れている気がした。