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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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ひき逃げ

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と、チトが、やや気色ばんで、俺を諌めた。俺は、
「お前も物事が分かっていないな、チト。考えてもみろ。俺が、飲食代など持っていると日頃から本気で思っている奴が、仲間の中に何人居る? ・・・一人として居ないだろ?」
頷くチト。
「じゃあ、どっちが悪いんだ?」
「・・・ニッキ  かなぁ・・」


事故の 理由


兎に角、ニッキは、好い奴だ。
彼の演奏には、その人の良さが表れている。

音が、澄んでいる。
彼の音だけが浮かず、どんな音価にも合う。
どんな重さ・軽さにも溶け込む。

「そうだね・・」
と、俺達がどんな事を言っても、そう応える。
そして、その後何も言わない。
彼は、仲間が何を言おうと一切反論しない。
しないで黙って静かに笑っている。

そんな、すべてを受け入れてくれる彼に
俺達は、甘えた。

ルソン島北部の貧しい山村。
彼の生まれたその村は、男達の多くが、家族を養う為にこの国最大の街で出稼ぎをする。
街に出た男達の楽しみと云えば、毎日ラジオから流れて来る世界中の音楽だけ。
男達は、その歌詞を覚えるとなく覚え、ランダムに流れる曲に合わせ口遊む。
村に残った子ども達はと云えば、曲のサビの部分だけ口真似しながら踊る・・跳ねる・・ そして、時には静かに、何が何だか分からないけれど、じっと佇み、あるいは部屋の壁を背にして座り込み、曲の雰囲気を、知らず知らず身体に浸み込ませる。
ラジオから流れる様々な曲を聴きながら、
『俺は、ギターだ。』
とか、
『ぼくは、有名なシンガーだ。』
とか、勝手な想像をする、あたかも彼等が、ラジオから歌声を流している有名なアーティストであるかの様に気取って。
その様な村の生活の中で、ニッキは、彼が言葉を話し始めるより早くから打楽器の音に反応を見せる子だった。
それは、徐々に高じて行き、彼が10歳になった頃には、近くに在る大小のバンブーで彼独自の打楽器群を作り、あらゆる楽曲に合わせて、コンコン・カンカンと絶妙なリズムを刻むまでになっていた
ニッキが16歳の時、彼は、18歳と偽って父親と共に出稼ぎを始め、驚くほど僅かな日当で働き始めた。
貰った日当は、三度の食事と僅かな仕送りに消える。靴など買えないから、ゴム草履のままでコンクリートを運ぶ。替えのTシャツを買えないから、裸で仕事をする
毎日クタクタだが、彼は、夕方から途切れる事なくラジオから流れる曲に合わせて膝を叩く・・ 来る日も、来る日も、叩き続ける。
ある日、同僚が、彼を祭りに誘った。
「ドラム担当の奴が、急に出られなくなった。」
だから
『真似事で好いから、ドラムを抱えて、兎に角、叩いてくれ。』
と・・
誘われるままに、彼は、ドラムを叩いた。
生まれて初めての誰もが認める楽器らしい楽器を使って、彼は、リハーサルもしなかったにも関わらずそのグループで最も際立った演奏をした。

人の運など、何処に転がっているか分からない。
祭りで叩くニッキのドラムに、一人の男が注目した。
その男は、『工場』で演奏している、フルバンドのマスターだった。
「誰に教わった?」
「誰からも教えられていません、ラジオの曲に合わせてバンブーを叩いていただけ・・」
「そうか、気が向けば、時々遊びに来てみないか。」
と、マスターは、自分の名前と『工場』の電話番号を書いたメモを残して、何処かに消えた
だが、ニッキは、『工場』を訪ねることはなく工事現場で働き続けた。
そして、初めての出稼ぎも残す処僅かな日数となった或る日、ふと思い立って『工場』を訪ねた。
折しも、彼が訪ねた時、バンドは、新しい曲の練習を繰り返している最中だった。
ニッキに気付いたマスターは、彼を備え付けの、パーカッショニスト用のドラムやカウベルの前に招いた。そして、
「曲に合わせて思いのままに叩いてみろ。」
と言った。
 ニッキは、目の前に並んだそれぞれ大きさの違うドラムを一つひとつ叩き、その音を確認した後、バンマスを見て頷いた。
 バンマスの合図で曲が始まる。最初の12小節、ニッキは、バンドの音を聴きながら曲の雰囲気を掴む。そして、彼は、おもむろに叩き始め、曲が終わりを迎える頃、彼の醸し出すリズムは完全にバンドの中に溶け込んでいた。
初めて本物の楽器を叩き、彼は、自身驚くほど興奮した。そして、バンドのメンバーは、
「これを天性の才能というんだろうな。」
などと、彼の何倍も興奮していた。 
マスターは、このまま街に留まる様に勧めた。
そして、
「〇〇ペソでどうだ・・?」
と、ニッキに言った。
「・・?」
「不服か?」
「給料、貰えるんですか・・?」
「金額を言ったんだぞ。給料の話以外、何がある?」

3ヶ月後、ニッキは、『工場』でデビューした。
そして、名前こそ知られる事はなかったが、彼は、徐々に客達の間で噂になった。

その噂を聞き付けて、他からも誘いが掛かり始めた。
兎に角、叩く事が楽しいから、彼は、誘われるままに何処にでも出かけた

そうするうちに、あっという間に10年が過ぎた。収入も増えた。お互いに思いを寄せる彼女も出来た。
そして、ニッキは、彼女に求婚した。彼女の返事は、『イエス』

収入は増えたが、結婚式を挙げられるるまでには、貯金出来なかった
彼は、せめてもの印に彼女に指輪を贈ろうとした。
そして、彼の手に届きそうな指輪を或る店で見付けた。
「あと2000ペソ・・」
貯まれば・・指輪が買える
彼は、指輪を時々眺める為に店の前で立ち止まる、他の誰かが、今日、買ってはいないか・・と、そのような思いで。
その日も目当ての指輪が或るのを確認する為に三つ先の通りを渡っていた最中の事故だった。

△ホスピタルに、ニッキの婚約者であるチェリルは飛んで来た。

「ニッキ・・」
そう言ったきり、彼女は、彼の顔に自分の頬を押し付けて、声を殺して泣いた。
「一体、誰が、あなたをこんな目に遭わせたの?」
そう言いながら、泣いた。
「もう泣くなよ・・ 取り敢えず、生きているんだから・・」
と、怪我人が、チェリルを慰める。

(そうだ・・ 俺の無銭飲食の事ばかり言ってたんじゃ、埒があかない・・)
と、
「チト、お前、ニッキをこんな目に遭わせた奴が、誰だか知っているのか?」
そう訊く俺に、彼は、
「うん・・まあ な・・」
と、実に歯切れの悪い返事を返した。
「お前、その場に居たのか、ニッキと一緒に・・?」
「いや・・そうじゃないんだけど・・」
「じゃあ、誰から聞いたんだ? ひき逃げ犯の事を・・」
チトは、ゆっくりと経緯(いきさつ)を話し始めた。

ニッキとチェリルが、結婚する事は、我々仲間内では、周知の事実である。
みんな、日頃は、年上のニッキをバカにした様な扱いをしているが、それは、表向きの話で、心の中では、彼を好いている。言ってみれば、ニッキをからかうのは、我々の彼に対する甘えからなのだ。 何を言っても笑っている彼を、俺達の日頃のストレス解消に利用しているだけなのだ。だから、好き合っている二人が、一日も早く一緒に暮らせる様になるのを願わない者は居ない。
この事故から10日前、チトは、ニッキから指輪の話を聞いた。チトは、その時、ニッキが指輪を買えないのは、自分の所為だと強く感じた。
作品名:ひき逃げ 作家名:荏田みつぎ