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幻燈館殺人事件  前篇

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 花明と蝶子が広間に辿り着くと、中には既に全ての人間が揃っていた。
 案内された広間の入口には西洋鎧が対になるように飾ってあり、咎人を審判する為に配属された裁き人のようでもあった。広間の奥には大きなステンドグラスが設えてあり、そこから漏れる色とりどりの光が、紫色の絨毯に華やかな光彩を落としている。
 大河、怜司、小野田警部に早川巡査、そして使用人の吾妻、村上、斎藤、狭山、柏原の五人。そこに場違いな幼い少女、千代もいる。
「お母さまのご葬儀もまだなのに、一体これは何の集まり?」
 先ほどまで泣いていたのが分かる瞳で、千代が大人びた事を尋ねる。
「千代さま、これは……」
 蝶子が言い淀むと、千代はつと一歩前へと踏み出した。
「知ってるわ。お母さま殺されたんでしょ? だから犯人を探しているのね」
「千代さま……」
「隠さなくてもいいのよ、蝶子。千代は聞いてしまったの。そのおじさま方が言っていたもの」
 千代にそう指さされた小野田警部はバツの悪い顔をした。
「そう、聞いてしまったのですね。では私も嘘は申しません。千代さまの仰る通りの事がこの館で起きました」
「そう……」
 千代は俯くと小さな手をぎゅっと握りしめ、唇を噛んだ。
「これからここで話されることは、私は千代さまには聞いて頂きたくありません」
「どうして? どうしてよ、蝶子。千代の……千代のお母さまの事なのよ?」
「だからこそです。千代さまが大きくなられたら、必ず私がお話致します」
「千代を子ども扱いしないで」
「ご自分の事を名前で呼ばれるうちは子供です」
「ち……わ、私はっ」
「言い直してもだめです。お願いです、千代さま。どうか聞き分けて下さい」
 蝶子はそう言うと千代の目線に合わせてしゃがみこみ、千代の手をそっと握った。
「千代さま……」
 願うように蝶子が請うと、千代はぷいと横を向いた。
「わ、私は九条家の娘――だから蝶子、約束よ。いつか必ず話すのよ」
「誓って必ず」
 蝶子のその言葉を聞くと、千代は目に涙を溜めたまま、くるりと向きを変え扉へと駆け出した。
「千代さま!」
 その背中に蝶子が声をかける。しかし千代は振り向かなかった。
「お部屋にいます」
 蝶子の呼びかけにそう返事だけ残して、千代は広間を去った。
「気丈な……」
 小野田警部が思わずそう漏らすと、蝶子はそれに対し黙って頷くのみだった。
「さっさとこの男を捕えれば、千代が一人で過ごす必要も無くなるのだ」
 大河はそう言うと小野田警部に手錠を掛けるよう身振りで促した。
「お待ち下さい大河さま。もしも誤認逮捕などがこの館で起こってしまったら、それこそ九条の名折れです。花明さまには何かお考えがあるご様子。逮捕はそれを聞いてみてからでも遅くはないでしょう」
 蝶子が制すと大河は不機嫌そうに「ふん」と鼻を鳴らした。
「さ、花明さま。どうかお考えを…」
 蝶子に促され花明は皆の中心へと進み出た。
「ではまずは僕の昨夜の状況から、もう一度お話しさせて頂きます。昨夜は食事を終えた後お貸しいただいた部屋で眠っていました。明け方、そこにいる柏原さんにお願いされて、屋敷内を一緒に見回りました。怜司さんの部屋から出てきた代美さんをお見掛けした後、柏原さんと別れて部屋に戻り再び眠りました」
「ふむ。早川巡査、手帳を」
「はっ」
 しきりにメモを取っていた早川の手帳を受け取ると、小野田警部は昨夜の状況を確認する。
「聞き込みによると代美さんが何者かに襲われた時、吾妻さん斎藤さん狭山さんは既に別棟で休み、柏原さんと村上さんは本館で仕事をしていた。別棟の鍵は当直であった村上さんが管理していたので、別棟に居た三人は自分たちの意志では本館には入れない。そしてまた村上さんも当直室から離れる事は不可能ではないが、離れたならばすぐにそれは知れる事。わざわざそのような危ない橋を殺人犯が渡るとは考えにくい。柏原さんは昨夜は幻燈館の灯り番だった。この館の灯りの管理を一人でするというのは大変な事ですな。人一人を殺害したとすれば、当然その仕事に遅れが出るでしょう。しかしそんな事は起きていません。つまり自由に動けた者は君しかいない」
「僕が目覚めたときには、すでに代美さんが殺害されていたのです」
「だから、君が殺したんだろう」
「僕は潔白です」
 花明が背筋を伸ばしてそう言うと、大河は忌々しそうに花明を睨みつけた。
「代美さまは、花明さまが目撃した後に誰かに殺されたとでも仰るのですか?」
「そこなんです。幾つか確かめたい事があります」
 花明の考えを汲んだように蝶子が発言すると、花明もいかにもそうだと言わんばかりに大きく頷いた。その二人の様子を見て大河はいよいよ激昂した。
「探偵ごっこもいい加減にしないか! 確かめたい事だと? 儂はそのような話を聞きたいのではない!」
 我慢ならないといった様子で大河が声を荒げたが、花明は素知らぬ顔で言葉を続けた。
「蝶子さんも仰っていたではありませんか、冤罪事件など起こしては九条家の不名誉ではないのですか? 僕がこうして話をしたとて、それが一体どれ程の時を要するというのです? 少しだけ黙っていては頂けませんか?」
「貴様! 儂を愚弄するか!」
「まあいいじゃありませんか、当主。殺人? 冤罪? その証明? こんなキネマみたいな事、滅多にありませんよ」
 激昂する大河を怜司がそう宥めたが、その言葉は大河の神経を逆なでするだけだった。
「何を言うか! 代美が……代美が殺されたのだぞ!!」
「代美は俺の妻です。夫である俺がこうして冷静に話を聞こうと言っているのです。少しは気持ちを汲んで頂けませんか?」
 怜司がそう言うと、大河は喉をぐっと鳴らし黙り込んだ。
「さ、花明さん。続けてもらおうか」
 怜司は大河を黙らせると、花明の方へと向き直る。その視線には何かしらの意思のような物が感じられたが、花明はそれには気付かないふりをした。
「では怜司さん、昨夜のことを教えてください」
「何度聞かれても同じことしか言えん。九時過ぎには部屋に戻り、一時頃に代美が来た。昨日は気分が優れなくて眠りが浅かったから、代美が明け方いつも通りに部屋を出て行ったのにも気付いていた」
「恐らく僕が見たのはその時でしょう。その後、僕は屋敷の外へ出る柏原さんを見送って部屋に戻りました」
 花明の発言に全員の視線が一斉に柏原を捕らえた。その視線の重みに耐えられないかのように、柏原はおずおずとした様子で口を開いた。
「……花明さまと一緒に代美さまをお見掛けしました。明かりを消す作業より少し早い時間でしたが、物音が聞こえたので――失礼を承知で申し上げますが、もしや花明さまは泥棒なのではないかと思ってしまったのです。そこで部屋まで様子を見に行きました。花明さまはお部屋でよくお休みになられておりました。一安心しましたら、今度は物音の正体が余計に不安に感じられました。私はもう怖くて……。お客様に失礼かとは思いましたが、一緒に屋敷内を見回って頂いたのです。代美さまをお見掛けした後は、まだ少し早い時間でしたが、いつも通り仕事を始めました」
「僕と別れた後は、ずっと屋敷の外で作業をしていたのですね?」
「その通りでございます」