小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

幻燈館殺人事件  前篇

INDEX|28ページ/42ページ|

次のページ前のページ
 

14




「それがどうかしましたか?」
 疑問をぶつけられた蝶子が放ったのは、動揺のかけらもない言葉だった。
「どうという事もないのかもしれません。しかし教えていただきたいのです。蝶子さん、夜中に自室を出られて、何処に行かれるというのです?」
 花明の質問に蝶子は露骨に溜息を吐いた後、口を開いた。
「夜中には偶に千代さまの様子を見に行っています。もちろん毎晩ではありません。千代さまが起きていらっしゃれば長く留まる事もありますし、眠っていらっしゃればすぐに戻っています。一体何をそんなに気になさっているのです?」
 蝶子にそう真っ向から言われ、花明は一瞬躊躇ったが隠しても仕方がないと思いきって打ち明ける事にした。
「聞き込みで分かったことですが、大河さんの愛人がこの屋敷内にいるかもしれないのです」
「それで夜更けに部屋を出ていく私が怪しいと?」
「……はい」
「仮に私が愛人だったとしましょう。それでどうして代美さまを殺さなければならいのです? 大河さまは奥さまを亡くされ、独り身ですのよ」
 蝶子のその返しに思わず花明はあんぐりと口を開いた。
「そう、そう――ですよ……ね」
 ふーっという蝶子の蔑みのこもった溜息が花明の耳に痛い。
「しっかりなさって下さい。そのような事では、とても真相になど辿り着けませんわよ。
そしてそれは、花明さま――あなたさまの身の破滅ですのよ?」
「し、失礼しました!」
 一体どこでどう考え違いをしたのか、花明は恥ずかしさで赤面しながら蝶子に頭を下げると、柏原と二人逃げるように客室へと帰った。

 動揺しながらも客室へと戻り、冷めた紅茶を流し込むと花明は一息吐いた。
「いやお恥ずかしい。よくよく考えてみれば分かる事なのに、夜中に蝶子さんが出て行ったと聞いて居てもたってもいられなくなってしまいました」
「私がつまらない事を言ったばかりに……申し訳ございません!」
 頭を下げる柏原に花明は恐縮した様子で両手を振る。
「いえ! 柏原さんは何も悪くありません。全ては僕の考えの浅さです。柏原さんに有益な情報を頂いたのは確かなのです」
 花明がそう弁明すると、柏原は少しだけほっとしたような表情を見せた。
「もう一度、もう一度考え直してみます。お付き合い願えますか?」
「私でよろしければ」
「もちろんです」
 互いの目を見て、頷き合うと花明はそっと口を開いた。
「もう一度しっかり整理します。代美さんが幻燈館に来たのは吉乃さんが亡くなった後……。そして大河さんが連れてきた、という事でしたね」
「はい。怜司さまもそう仰ってましたね」
「そして大河さんに言われるがままに、怜司さんは代美さんと結婚した」
 花明の話に柏原も相槌で応える。
「そして代美さんは身ごもり、実家で出産。千代さんと共に蝶子さんも千代さんの教育係として、この幻燈館へやってきた……」
「その通りです」
「気になることといえば、大河さんは女好きという事を何度か耳にしました」
「私も以前よりそのような噂は聞いています」
「しかし大河さんは再婚などはされていない。そして代美さんを失ったあの嘆き……」
「では……まさか」
 言葉を飲んだ柏原の後を、花明が汲む。
「僕は大河さんの愛人は代美さんであった可能性が高い――そう考えています」
 柏原は返す言葉を失った。使用人としてどう答えればいいのか分からなかったのである。それを理解しているという風に花明は頷くと、言葉を続けた。
「ここで確認しておきたいのは、使用人の皆さんには現場不在証明があり容疑者ではないという事です。もちろん柏原さん、あなたも」
「はい」
「となると残すは僕と怜司さん、そして蝶子さんと大河さんの四人となるわけですが、僕が犯人でないことは僕には当然分かっています」
「私も花明さまの無実を信じております」
「有難う。残るは怜司さん、彼には殺害する動機が見当たりません。それに彼が犯人ならばわざわざ朝まで一緒にいた等と言わなくても、もっと上手いやり方があるように思えます。そして蝶子さん、彼女が犯人ならなぜ僕を助けたのか――あのまま僕が逮捕されていればそれで事は済んでいたのですから。ですから蝶子さんもやはり犯人ではないと思うのです。となると残るは大河さん……」
「でも代美さまは当主さまの愛人だった可能性が高いのですよね? なぜわざわざ愛人を殺さねばならないのでしょう?」
「それは僕にも分りかねますが……愛人という立場上何か揉めていたのか、あるいは新しい愛人が欲しくなったのか。ではあの悲しみようは一体何なのかという気もしますが……」
 再び思考の波に飲まれそうになった花明だが、それを阻止するかのように遠くから怒鳴り声が聞こえてきた。
「あれは?」
 疑問に思っている間も、どんどんとその声は花明の部屋へと近付いてくる。
「当主さまです!」
 慌てたように柏原が言ったまさにその時――
「一体いつまでここに居るつもりだ!」
 怒声を上げながら猛々しく大河が客室の扉を開けた。
「ほう、使用人と二人で部屋に籠っておったか。いい身分ではないか」
「柏原さんは私のお目付け役を命じられているだけです」
「黙れ! 殺人犯にいつまでもこの九条をうろつきまわられては不愉快だと儂は言っておるのだ!」
 額の血管を浮き上がらせながら罵声を浴びせる大河を前に花明は言葉を失った。
「どうなさいました?」
 静かな声が大河の背中に掛けられた。大河が振り向くとそこには、騒ぎを聞きつけたのか蝶子が凛と立っていた。
「蝶子、お前がこの者に使用人をつけたのか」
「はい。花明さまが犯人であった場合、逃亡されるわけには参りませんので」
「だがこの男は使用人を誑かし、今にも共に逃げる算段でも組む勢い!」
「そんな事しません!」
 自分の事だけならばまだしも、柏原にまで大河の邪推な視線が及んだので花明は思わず大きな声を出した。そんな花明を冷たく射抜くように見つめると、蝶子はほうと息を吐いた。
「大河さまは何をお望みでいらっしゃいますか?」
 場を鎮めるように努めて冷静な声で蝶子が疑問を投げかけると、大河は荒く息を吐きながらもそれに応える。
「儂の望みはただ一つ! 一刻も早い事件の解決、犯人の逮捕だ!」
「……畏まりました。九条家当主である大河さまがそうお望みならば仕方がありません。捜査はここまでとさせて頂きます。柏原、皆を広間に集めて頂戴」
「か、畏まりました……」
 返事をした後、一度心配そうな視線を柏原は花明に送ったが、その様子を見た大河がじろりと睨みつけると、慌てた様子で廊下へと出て行った。
「では大河さまもどうぞ、広間へ」
「ふんっ!」
 鼻で息を吐き、場を蹴散らすように荒々しく大河は部屋を出て、広間へと向かう。その様子を目だけで追うと、蝶子は花明の方へと体を向けた。
「予定より随分と時間が早まってしまいましたが……大丈夫で御座いますか?」
「僕に選択の余地はありません。逃げるわけにもいきません」
「そう……ですわね……」
「僕は殺してなどいないのです。犯人はまだ分かりませんが、いくつかの謎は見つかっています。それを解き明かす事で、真犯人へと近付く手掛かりとなるでしょう。……大丈夫です」