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聖夜の女神様

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聖夜の女神様


 気がつくと、私は幾多の星の瞬きの下、グラウンドに行き着いていた。
 空気が澄んでるから、星空が物凄く良く見える。悲しい悲恋のオリオン座。シリウスの輝きを胸に抱くおおいぬ座。カストルとポルックスも神聖な輝きを放っている。夜空の宝石が、満天に広がっている。

 嗚呼、美しい。 

 しかしながら、それ以上に寒い。
 鋭い冬の寒さが肌にビリビリと感じられ、火照った頭の中も同時に冷やされて、すっきりする。
 彼への思いも、失意のうちで星座を創った神々の様に、空に打ち放ってしまいたくなった。

─チリン。

 鈴の音が聞こえた。
 一体どこからだろう、と思い、音のした方へ視線を移す。

 それは小さな四角形の小屋。野球部部室。

 気がつくと、私は足を進めていた。何だかさっきから無意識のうちに体が動く。
 でも、この無意識から生じる行動に身を任せていれば、何かが起きそう、そんな感じがするのだ。なにか、奇跡が起きてしまうような、そんな感じが。

 私が部室の扉に手を掛けると、扉は難なく開いた。不用心にも鍵は開きっぱなしであった。
「ただいま」
 真っ暗な中に入って、何ともなしに呟いた。このカビ臭い匂いとギシギシ鳴る床があまりにも懐かし過ぎる。
 出入口の付近にある電気のスイッチをいれ、明るくなると、向こう側の賞状やトロフィーが飾られてあるのが目に入った。もちろんその中には、今年の地区予選優勝の賞状とトロフィーもある。
 懐かしいな。
 地区予選優勝の賞状の隅の集合写真には、部員達の姿だけでなく私の姿もある。勝利に喜ぶ部員達の中で、色々あって一人無表情な私。

「笑っとけば良かった」

 この写真で無表情な私だけが浮いていて、妙だ。
 でも、この時は辛かったんだ。晴斗と後輩マネのキスの瞬間を目撃しちゃったり、家のことで色々あったりして、私の心はどん底にあった。
 今は有栖先輩のおかげで、思い出の中の一つだ、と思えるまで回復しているけど。
 晴斗と私の後輩マネのキスを見てしまった時は、世界の終焉を感じたものだ。
 
 と、その時、突然扉が開いた。

『あ…』

 重なる私と『彼』の声。
 幻ではなかろうか。
 ファー付きの黒いジャケットを着た晴斗が、入口で呆然とした様子で立っている。
 滑稽なことに控え室の時と同じシチュエーション。

「…何か今日は良く会うな」

 と、晴斗は若干はにかみながら言うと、扉を締めて中に入って来た。手には、飲みかけの缶コーヒーがあった。

「…うん。何でだろうね」
 控え室の時よりも私は緊張していなかった。自然に喋れる。やはり、長年お世話になったこの部室は落ち着ける場所であるみたいだ。
 晴斗は私の傍に立って、賞状やトロフィーを見つめた。
 
 彼が傍にいる。

 何か話さなきゃ、とはやる心を抑えながら言葉を探すが、生憎私の心の中は乱雑に物がながってあるので、なかなか見つからない。言いたいことが、一杯あり過ぎるらしい。

 と、もどかしい思いに捕われていたが、晴斗の方から話し掛けてくれた。

「どうして、ここに?」
「…どうして?なんか、気がついたらここに。…晴斗こそ、どうして?」
「急に来たくなったんだ。パーティの仕事が休憩に入ったから、さ」
 晴斗も私と変わらない。理由もなくここに来たかったんだ。
 もしかしてこれって…、女神様の引き合わせだったりして。
 
 晴斗は続けた。
「…その姿を見た時はマジでびっくりしたな…」
 大きなため息を吐きながら髪をかきあげる晴斗。その仕草に男の色気を感じてしまい、私は少しだけみとれてしまった。
 そして、晴斗は言った。

「…その恰好…すごくきれいだ」

 私の顔は一気に紅潮した。
 なんと強力な言葉の魔法なのだろう。私の顔を赤くさせただけでなく、私の心にまで最高の幸せと最高の喜びを与えてくれた。

「ありがとう…」

 私は嬉しさで声を震わせながら言った。
 突然のことだったからびっくりしたけど、私はあなたからその言葉をもらえることを、酷く待ち望んでいた。有栖先輩から女神様の申し出を受けた時から、ずっと、あなたに「きれいだね」って言われるのを、待っていたんだ。
 晴斗はわずかに照れ臭そうな顔をして缶コーヒーを飲む。
「そんな顔するなよ。…なんかこっちまで…」
と言う晴斗の言葉の最後の方はうにゃうにゃとしてはっきり聞き取れなかった。
 だけど、私は嬉しくて嬉しくて顔が自然と緩んじゃって、えへらえへらと笑ってしまう。
「それにしても、花が女神様役だったなんて、全然気がつかなかったよ…」
 再び目の前の賞状やトロフィーを見つめながら語る晴斗。
 私は火照った顔が未だ冷めないまま、その精悍な横顔を見つめた。
「有栖先輩が最近やけに花のこと話すようになってたけど…、このせいだったんだな」
 晴斗は缶コーヒーを飲む。
「…うん。週に2、3回は有栖先輩と女神様の打ち合わせをしたり、お話したりしたんだよ。被服室とかで」
「ふーん。知らないうちに話が進んでたんだな」
「沢山話をしたんだよ。晴斗と有栖先輩は小さな頃からの付き合いだってのも教えてもらったし、晴斗って昔は泣き虫で、何かとあれば有栖先輩に『あーちゃん』って後ろを着いて歩いてたんでしょ?」
「…あのひとは…また余計なことを…」
と晴斗は膨れっ面になりながら缶コーヒーを一口飲む。
「でも、いいなぁ、有栖先輩は」
「何で?」
「だってずっと晴斗と一緒だったんだもん。今も一緒でさ。…私も、晴斗とずっと一緒に…」
 そこまで言って私ははっとした。
 勢いに任せてかなり恥ずかしいことを言おうとしていた。恋人同士でもあるまいし、“ずっと一緒にいたかった”だなんて。
 和やかになりかけていた空気は瞬時にして気まずくなった。
 また、沈黙が訪れる。
 何言ってるんだろ、私。恋人同士でもあるまいし、馬鹿みたい。
 あ…。なんだろう。鼻がムズムズする。

「ふぇっくしゅ」

 雰囲気を一転させるようなくしゃみをしてしまった。何て間の悪い。
 私は気恥ずかしさから、つい下を向く。

「…風邪引くんじゃないか?」
 ふわりとした温かい温もりが私の肩を覆う。
 ファーの付いた黒いジャケット。
 
 えっと…これは、もしかして…。
 
 私はおそるおそる顔を上げて、肩に掛かったその上着を見た後、晴斗を見た。
「…薄布一枚じゃ、寒いだろ」
 この上着は晴斗の…。
「でも、…晴斗こそ、風邪引いちゃうよ」
「大丈夫。花よりは服着てるし、懐炉もある。…それに、なんか…暑かったんだ」
「でも…」
 だけど、この上着は晴斗のぬくもりが残ってて、温かくて、ただ羽織ってるだけでもぽかぽかしてくる。本当のことを言えば、手放したくない。この優しいぬくもりを、もっと感じていたい。
 なんだか、すごく幸せ。
「…やだったら、…無理に着なくても良いからな」
 まさか、そんなことがあるはずない、と必死に頭を横に振った。
 しかし、その振動で私の鼻がまた刺激を受けてしまったみたいで、性凝りもなくくしゃみ発動。本日2回目。
「ふぇっくしゅ」
「あ。やっぱ風邪引いたんじゃないか?」
「…風邪かなぁ。あ、でも、晴斗の上着ぽかぽかするし大丈夫だよ」
作品名:聖夜の女神様 作家名:藍澤 昴