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聖夜の女神様

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女神様を仕上げる


 そうして迎える12月24日。イブパーティの当日。

 私は朝から忙しかった。
 なぜなら調理部門のサブチーフなので、パーティーの料理を作りでそりゃもうてんやわんやな状態だった。数日前から仕込みの準備を始めていたとはいえ、パーティが始まるまでに決められた量を作らねばならない。食堂の調理場は大忙しだ。
 でも、私はいつまでもここにいるわけには行かない。パーティで女神様を見事演じる役目があるので、私はお昼過ぎにこの調理室を離れた。有栖先輩にお昼過ぎまでには、校舎に用意した控え室にいるように、と言われていたのだ。
 離れる際に私は調理部門の仲間達に自分が女神様を行うことを打ち明けて離れる理由を語ったのだが、どういうわけか皆、知っていたようだった。
 既に調理部門チーフの美空さんが、私が女神様役を隠すためのフェイクとして調理部門へ配されていたことを皆に話していたらしい。皆は以前からご承知のことであったようだ。
 皆の温かい声援を受けて、私は調理室を立ち去り、控え室へ向かう。
 その途中、私は何度も幸せな気持ちになっていた。
 やっぱり、女の子同士で何かを行うことは気が楽だ。
 ほのぼのしてて、温かくて。
 野球部の時のあの男臭くて無骨な雰囲気よりも、断然良い、…かな。
 もし、運命なんてものが今と違っていたならば、私は料理部に入っていたかもしれない。


 さて、控え室へ着いたものの誰もいない。
 和室を控え室としているのだが、なんだか引っ越して来たばかりの一部屋の様にちらかっていた。そこここに段ボールやら有栖先輩の荷物(多分)やらが無造作に置いてある。
 控え室というより物置場の様な気がしたが、とりあえず、歩ける場所を探しながら中に入り、壁際に寄り掛かって有栖先輩達を待つことにした。
 しかし、今日は朝からずっと動きっぱなしで疲れていた。壁にもたれながら体育座りに変更してみると、なんだか安心したのか徐々に意識が遠退いていく。
 瞼がトロンと落ちて来て、いつのまにか、私は眠ってしまった。


「うっわー…、花ちゃんの寝顔、超カワイー…。もー殺人的……。うぁ、よ、よだれが」
「お前、んなこと考えてる暇あるなら、少しは急げ」

 有栖先輩と、里久先輩の声。

「私、男だったら絶対花ちゃんを好きになる〜!」
「早くしろって。皆に迷惑がかかるだろ」
「…里久?!なにするの?あぁ!…まさか、まさか里久、この花ちゃんの天使の寝顔を独り占めにする気ね!あぁ!ひどいわっ!」
「…お前、酒でも飲んでるのかよ…」

 有栖先輩と里久先輩が話している。

 あ。私、寝てたんだ。

 私ははっとして目を覚ました。

 起きたばかりで霞がかった視界に映ったものは、サンタクロース姿の有栖先輩が、里久先輩にここ、控え室から出るように促されている光景。
 里久先輩は、何やらわめく有栖先輩をたしなめつつ部屋から出すと、私の方へ近づいて来た。
「お、花、目ぇ覚ましたか」
「あ、はい。……すいません」
「…あやまんなって。寝てたっていいんだよ。眠らせるために早く呼んだんだから。調理の方の疲れを取ってほしかったんだ」
と、軽く笑みを讃えながらあっさりと言いのける里久先輩。
 ところで、この里久先輩とは、有栖先輩の親友で、私の女神様のドレスを作ってくれた先輩。これから、メイク等もしてくれる。服飾デザイナーを目指していて、物凄くお洒落。クールなオトナのオンナって感じで、女の私から見てもカッコいいと思える。有栖先輩も素敵だけど、里久先輩も有栖先輩とはまた別の点で素敵。憧れてしまう。宝塚で言うならば、有栖先輩は女役のトップで、里久先輩は男役のトップみたいなかっこよさがある。
 …って、どんなたとえをつかってるんだ。

「あ、あの、有栖先輩は?」
「…もう行ったよ。司会をやるらしいから、終わるまでずっとあっち」
「はぁ、そうなんですかぁ…」
「さ、有栖も頑張ってることだし、こちらも女神様の準備を始めますか。花、そこの椅子に座って」
 いつのまにか、控え室はきれいになっていて、入口近くには大きなメイク台と椅子が準備されていた。そして、その傍らには、神秘的な淡い光を放つ純白のドレスがその姿をひそめていた。とても美しい。

「こ、これが…?」

 想像を遥かに越えた美しさに、私は言葉を無くした。

「どうだ?きれいだろ。花のために作ったんだ。絶対似合う!」
 気がついた時には、私は、そのドレスに手を触れていた。シルクのさらっとした優しい手触り。少し触れれば波の様な動きを織り成す。
 とても美しくて、胸の鼓動が速くなる。
 早く、ドレスを着てみたいという衝動が私の胸の内を翔けまわった。
「さ、着てみるか。椅子に座りな」
 里久先輩に促されるまま椅子に座って、僅かに興奮気味の自分を目の前の鏡に見た。
「よっしゃ。聖夜の魔法をかけてやるからな♪」
 メイクや髪形セットも込めて、2時間程度で着替えは終わった。
 その間、里久先輩は何も喋らず真剣だったので、私はぼんやりしてるうちにまた眠ってしまった。
 里久先輩に「できた。目を開けてごらん」と言われて、ようやく目を覚まし、ゆっくりと鏡の中の自分を見てみると、思わず息を呑んでしまった。
 そこにいるのは私じゃなくてまさに女神様!なんて感じに思えてしまったのだ。
 薄いショールを纏い、純白のイブニング型のドレスを着て、頭には白銀色のティアラをつけた、短い黒髪の女性が些か驚いた表情でこちらを見ている。
「花に似合うってのは最初から分かってたけど、こんなに綺麗になるなんて…」
 里久先輩も口をポカンと開けて愕然としている。
「…先輩、これ、私ですか…?」
「あぁ…そうだ。向山花だ…。すごく…綺麗な…」
 私は、鏡の中の自分に引き付けられていた。
 鏡の中の自分は、確かに私なのに、全く別人の様な感じがする。変な感じ。
 と、その時、私は急に誰かにこの姿を見せたくなった。

 同時に脳裏を過ぎった『彼』の姿。
 
 『彼』…、周防晴斗に、この姿を見せたい…。

 そして「きれいだね」って言われたら、どんなに嬉しいことか。

 彼はイブパーティの運営に関わってる人間だから、偶然会うことができるかもしれない。でも、会えずに終わってしまうかもしれない。そんなのやだな。あいたいよ。
 
 お願い、聖夜の女神様。
 もしこの願いが貴女の耳に届いたのであれば、貴女の慈悲をこの私にお与え下さい。

 ただ会って話だけでもさせて欲しい。

 嗚呼、ねぇ、晴斗、あなたは今何をしているの?
 私のこと、考えたりとかしてくれないかな。

 そんなワケ、ないよね。

 私たちはなんでもない仲なんだし。
 同じ部活で一緒に頑張っているわけでもない。
 でも、なんでもない仲だとしても前みたく仲良くなりたい。
 そんなこと思うの、欲張りかな。

「花…?」

 里久先輩が心配そうに尋ねる。
 私ははっとして我に帰った。

「だ、大丈夫です」
「そうか。…だけど、なんか、お前を見てると恐いくらいにゾクゾクしてくる。艶っぽいって言うか…」
 里久先輩は感嘆混じりのため息を着いた。
作品名:聖夜の女神様 作家名:藍澤 昴