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聖夜の女神様

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有栖先輩


 12月初旬。

 放課後、私はいつものように図書室で勉強を始めていた。
 席は決まっている。グラウンドが見える窓際の一番奥の席が、私の放課後の定位置。
 今日は数学の問題に取り組んでいた。
 私は理系学部を目指しているので、数学や理科の問題ばっかり難しくなっていく。
 もはやすらすら解くことはできなくなってしまった。
 目の前の積分の問題を前に私は頭を抱えていた。
 わからない。
 
 あぁ!もういやだ!
 
 私は大きなため息と共に、ペンを置いて顔を上げた。

 すると、いつの間にか私の向かい側にきれいな女の人が座っていた。
 きっと、先輩だと思う。
 すらっとしていて細くてスタイル良くて顔がちっさい。それにまつ毛が長い。淡い茶色のロングの髪は午後の陽射しに照らされて、透き通って見える。
 きれいな人だ。

 そうやって、静かに読書をしている姿はまるで絵画の様。

 私は全てを忘れてうっとりしていた。

 先輩が不思議そうな表情で私を見つめているのにも気がつくことなく、私は先輩のことをうっとり見つめていた。
 …って、私、この先輩に変に思われてる!?

 先輩の表情にようやく気付いた私は慌てて数学の問題に視線を戻した。
 慌ててペンを持ち、問題に取り組む。何この人、とか思われたんだろうな。なんだかとても恥ずかしい。再び問題に取り組むけど、分からない。
 問題とにらめっこ状態が続く中、

「…花ちゃん…?」

 と、目の前の先輩が私の名前を呟いた。
 私はおそるおそる顔を上げ、先輩を見つめた。
 
 先輩の表情がぱぁっと明るくなった。

「花ちゃん、なのね?」

 私は黙って頷いた。

「あなたが向島花《ムカイジマ ハナ》ちゃんね!」

 はいそうです私は向島花ですけども、一体どういうことなのだろう。状況が、掴めない。

「花ちゃん、勉強中悪いんだけど、ちょっと図書室の外に出てお話ししない?」
 と、にっこりと微笑んで言う先輩。

 笑顔がかわいくてまぶしい!!!

 …じゃないでしょ、私。
 この不思議な状況をどう理解すれば良いのか。何故こんな綺麗な先輩に私なんかが誘われているのか。
 沢山の疑問が頭を過ぎるけど、私は成すがままに先輩の誘いを受けて図書室を出た。

 一体、これから何が起こるのだろうか。

 先輩に促されるまま図書室を出て、私達は食堂に至った。食堂は放課後のため、人は殆どいない。私達は窓際の席に座り、話し始めた。

「あ、ごめんね」
 早々突然何かを思い出して謝る先輩。
「名前を言ってなかったよね。なんか、來未ちゃんに会えて嬉しくて、すっかり忘れていたわ。…改めまして私の名前は、泉谷有栖《イズミタニ アリス》です。よろしくね」
 あぁ、そうだ、思い出した。
 泉谷有栖、よく「彼」の話に出て来ていた。
 昨年度の生徒会長で、模試では一番を取ってしまう位頭が良い。勉強が出来るだけでなく、美人である。現生徒会長である「彼」と有栖先輩は幼馴染だで、昨年度の生徒会では厳しくしごかれたとかなんとか。
「ふふふっ。あ、ねぇ、ココアでも飲まない?おごるわよ」
「え、そんな、おごりなんて」
「いいからいいから。今日の偶然に乾杯したいの」
 と先輩は半ば強引に言うと、席を立ち自販機へ飲物を買いに行った。

 私はぽつりと1人ぼっちになって、ふと「彼」のことを思い出していた。

 夜練が終わる度、彼は今日あったことを話してくれた。
 普通の、たわいもない話だったけど、私は彼と2人っきりになれたあの時間が好きだった。

(なんだか、また切なくなるなぁ。)
 と、心の中で嘆いた時、有栖先輩が湯気だった紙コップを2つ持って戻って来た。
「はい、どうぞ」
 有栖先輩は、コトンと私の目の前にココアを置き、元の席に着いた。
「ありがとうございます」
 と、私が言うと、有栖先輩は両手で紙コップを口元に持っていきながら優しく上品に微笑んだ。
 そして、そのままズズッと音を立てて一口ばかり飲むとちらりと窓の外に目をやった。
 私もつられて窓の外を眺めると、雪がちらちらと舞い始めていた。
「初雪、かしら。今年は随分と早いのね」
「今年の冬は例年より冷え込むそうですよ」
「ふぅん…。んじゃあ、今年はホワイトクリスマスを望めるのかしら」
「どうでしょうね」
「ねぇ、クリスマスに雪が降ると雰囲気が盛り上がると思わない?ほら、雪って神様からの贈り物とかって言うじゃない」
 私は小さい頃は北国に住んでいたから、雪が神様からの贈り物だとすると、迷惑なほど贈り物を貰っていた。いかんせん、先輩のロマンチックな発想に憧憬する気持ちはなかった。
 私は窓の外から視線を戻して、先輩から頂いたココアを口に含んだ。熱さが、ぐっと喉元を通り、食道を通る。
「あ、そうだわ。花ちゃんに話があるのよ」
「はい?」
 雪の話題はどこか遠くへ行った。さて、先輩の話とは一体なんだろう。
「生徒会で、自由参加のイブパーティを毎年やってるのを、知ってるわよね」
「はい」
 確か、クリスマスイブの日に学校のホールで行われる立食パーティのことである。
「私、実は今年もその実行委員長をやることになったんだけど、今年の女神様を花ちゃんにやってもらいたいなぁ、って思ってるの」
「女神様?…私が?」
 女神様とは、イブパーティの締めを飾る重要な役。毎年綺麗なお召しものを着て皆に祝福を与えるだけの存在なのだが、その美しい姿が、イブパーティの見物であり、女子生徒にとっては憧れでもあった。
 そんなに重要な役なのにどうして私なんかが…

「どうかな、花ちゃん」

 らんらんとした期待の眼差しを向ける先輩。
 でも、毎年綺麗な人がこの大役を務めているというのに、私なんかが出てもいいのだろうか。有栖先輩の推薦だからといっても、周りが私を認めてくれるのだろうか。3年生の有栖先輩が出た方が最後の思い出に丁度いいような気がするし。
 きっと私じゃみんなを幻滅させてしまうに違いない。

「先輩、私じゃ」
「あのね」

 有栖先輩は、私が断ろうとするのを予め予期していたかの様な絶妙なタイミングで私の言葉を遮り、牽制するかのように上品な微笑みを浮かべた。
「ずっと前から、花ちゃんにこの役をやってもらおうと思ってたの」
 有栖先輩はココアを一口飲み、話を続けた。
「実は晴斗から、花ちゃんのことをよく聞かされていてね、ずっと花ちゃんのことが気になってたの。晴斗の話を聞く限り、花ちゃんって思慮深くて、気が利いて、家庭的で、すごくいい奴だって言うから。…晴斗とは長い付き合いで良く知っているから、晴斗がここまで称賛する子に、是非、と思ったの」

 私はじわじわ顔が火照って行くのを感じた。きっと耳まで真っ赤だ。体が物凄く熱い。
 「彼」がそこまで私のことを善く見てくれていたことが嬉しかった。
 だけどなんだかくすぐったい。

「あれぇ?花ちゃん、顔真っ赤だよぉ?」
「えっ!」
 私は思わず声を上げた。
 先輩のその一言が私への心配だけでなく、何かを知っている雰囲気を含んでいるように聞こえたのだ。

 おそるおそる有栖先輩の顔を見る。
作品名:聖夜の女神様 作家名:藍澤 昴