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チューしてあげる

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担任のオンナ先生は競争させるのがすきだった。四十二名の生徒を六人ずつ七つの班に分けて、掃除や毎朝行われるドリルの小テストを、班ごとに競わせた。テストはその班全員の合計点を棒線グラフに書いて、模造紙を教室の壁にはった。ぼくの班はその点取り合戦でビリだった。それはケイコがいるせいだ。ケイコの通信簿は見なくても、誰もが知っている。一本槍を持ったあひるがいっちに、いっちに、と行進しているのだ。ケイコはにたっと笑って、手も足も出ない、手も足もないだるまだと言って、零点のテストを、ぼくに提出してきた。班長であり、学級委員でもあるぼくは、その競争に勝ちたくて仕方がなかった。丁度その頃、ぼくはリーダーと言う英語を先生から初めて教えてもらい、あなたはリーダーですからと言われ、その言葉がひどく気に入っていた。そうだぼくはリーダーなのだと思った。立派なリーダーに成りたかった。ケイコの勉強の面倒をみて、成績を上げるのがリーダーの務めである。そのための班ごとの競争であり、競争に勝って、良いリーダーとして、先生にほめてもらいたかった。みんなに認められたかった。ぼくもまた競争するのが大好きな子供でもあった。しかし、鶴亀算や、植木算ならまだしも、ケイコは九九を時々間違えた。おまけに一向、正確におぼえようとしなかった。
「ケイコは鼻がいつも詰まって、考えることが出来ない。頭が悪い」と、平気で言うのだ。
 朝のテストの時間。この金持ちのうすらとんかちを、どうしてぼくがめんどうを見なければいけないのか、と思いながら、ドリルのテストを後ろの席にまわしていた。谷底になっている教室に貼られている棒線グラフを横目にみて、丁度うまい具合に、ケイコはとなりに座っていた。そうだ、わざと腕をひいて答案を書き、その答案をケイコのへちま顔からよく見えるように右端にずらしておけばいい。そうすればケイコもぼくと同じように満点を取れるはずだと、ぼくは思った。しかしケイコは一向に盗み見しようとはしなかった。馬鹿のくせに盗み見しようとしないのは本当のおろかまで付く馬鹿ではないか、とぼくは思った。ぼくはそのように考えるニンゲンであった。
 馬鹿正直のケイコだからこそ、大層ケイコは誰からも好かれていた。確かに勉強はできなかったが、白痴ではない、普通に話していて、むしろ人を面白がらせるほどの大変な賢さと知恵を持っていた。愚かにみえたが、素直だった。馬鹿にされた話しぶりをされても、馬鹿にされていると気づいても、平気でうんうんとうなずいていた。自分の失敗談や、お父さんとお母さんの夫婦喧嘩のありさままで、
「ほかでしゃべったらあかんと言われてんねんけど」と話した。
ケイコのことをみんなは、ちょっとそのように扱っていたが、たいへん好いていた。クラスで一番の人気ものであった。クラスで一番好かれていた。
 しかし、ぼくはそんなケイコに複雑な思いがあった。ケイコの好かれる理由をぼくはあほのお人好しだから、みんなも安心して付き合えるのだと思っていた。馬鹿にされても、にやっと笑っているケイコが一番我慢ならなかった。なぜなら、ぼくはケイコのように、みんなに好かれなかったからだ。誰よりも一番好かれたいと思っていたのに。好かれるように頑張って演技していたのに。なんだか演技すればするほどみんなから嫌われているような気がしていた。投票で、いつも委員長に選ばれてはいたが、それは白々しさをたぶんに含んでいた。勉強と体育が出来るので仕方がないと思われて、選ばれていたのだ。ぼくはクラスのみんなにぼくがリーダーであること、尊敬と、好いてくれることを期待した。期待すればするほど、みんなから嫌われているようだった。その上、内心ではケイコのような人気が欲しくて、欲しくて、仕方がなかった。好かれたかった。何をやらせてもだめなくせに、鼻をずるっと鳴らせて、にたっと笑えば、誰からも許されたケイコ。そしてなによりもケイコはリーダーであり、野球で、サードで、四番を打つぼくをちっとも尊敬しなかった。ぼくはケイコにひどく腹を立てていた。机から消しゴムが転がっても、隣の席のケイコが机を揺らしたせいだと怒った。こともあろうに、そのケイコがぼくにあだ名を付けたのである。
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 二学期の初め、理科の時間、岩石について授業があった。砂岩、玄武岩、大理石などのこぶし大の標本が教室内に回された。その岩石のできかたと特徴についての先生の話があった。その中のひとつにれき岩と言うのがあった。その石がぼくの班に回ってきたとき、右手にそれを高くかざして
「うわー、班長みたい」と、ケイコが静かだった教室に時の声をあげた。れき岩とは、砂の中に、ごつごつ尖った岩のかけらが混じって固まった、いかにもぶさいくなやつだ。クラスのみんなは爆笑した。先生も涙を浮かべて、笑いながら、人差し指で、涙をぬぐった。これを見てぼくはひどく腹が立った。色黒にやせて、ほお骨が張り、目立ったそばかすの有ったぼくは確かに、自分でもれき岩に似ていると思った。そして、自分がそう思ったことに一層腹を立てた。そのうえ、大爆笑の中に、ぼくはみんなの悪意のようなものを嗅いでしまった。委員長であり、リーダーであるぼくだからこそ、みんなは人一倍、先生までもがこのことで、涙を浮かばせて喜んでいるのだと思った。ぼくはケイコににえ湯を飲まされたように腹を立てていた。
 以来、ぼくのあだ名はれき岩になった。かっと頭に血がのぼった時、ぼくは赤れき岩と言われた。血の気が引いて青くなった時、ぼくは青れき岩と陰口をきかれた。そしてそのあだ名をぼくが快く思ってないのは、クラスの誰もが知っていた。ぼくのいない所で、ぼくの悪口を言う時にだけ、青れき岩が、赤れき岩が、と隠れて使われた。だがケイコだけは違っていた。あの松の木の上で、下を通るぼくに、スカートから白いパンツをのぞかせて、
「おい、れき岩」と、呼びかけるようになった。怒り狂っている赤れき岩に、以前のように口笛を吹いてごまかす余裕などなくなった。ぼくはケイコに仕返しをしてやる機会をねらっていた。木の上の猿に、いつか誰も見ていない所で、これがれき岩だと言うげんこつをくらわしてやろうと、ねらっていた。
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 三学期の北風の吹く日、ぼくの班は一年生の掃除当番であった。幼くて、自分たちで掃除出来ない一年生の教室は、五年生がすることになっている。丁度その日、インフルエンザが猛威を振るい、同じ班の三人が休んだ。残り三人で掃除をやらなくてはいけなかった。水は冷たい、だが掃除はちゃんとやらなくてはならない。
「今日、一年の掃除当番は三班。」と、言い残して、さっさとストーブを燃やした暖かい職員室に引き上げて仕舞っている先生に、
作品名:チューしてあげる 作家名:島中充