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Numbers

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ピッ。ピッ。
 何千回と聞いている電子音は相変わらず耳障り。
「ん、何や熱あるのんか?」
「うるせええろおやじ」
「そんなんゆーたかて、わかるんやもん」
 カウンターの内側に腰掛ける男がほれ、と指差すディスプレイには「body temperature:37.6℃ / blood pressure:100-73 / pulse:79」という表示が青い光の中に浮かび上がっている。
 ちっ、と無意識に出た舌打ちを笑って受け流し、男はレジを通した紙パックを差し出す。
「ほんで、4872本目の牛乳……の割に、全然成長せぇへんなぁ」
 あからさまな視線の先には白いTシャツのささやかな胸元。Tシャツの裾を直していた少女が更に顔をしかめた。
「殺す」
「あはははは、まぁ、しゃーないて。こんなパチモンの牛乳に効き目なんかあるかいな」
 そう言われたら言われたで、毎日飲んでいる自分が馬鹿みたいだ。
 しかし確かにこの「牛乳」と呼ばれるモノの原材料名欄に「牛乳」の文字はない。その代わりに、薬っぽい何かの羅列。
「俺かてほんまもんの牛乳飲んだんもう何年前や。二桁は余裕で昔やで。金持ちは今でも飲んでるらしいけど、俺の店には無縁のシロモンや。売れへんもん仕入れてもしゃーないからな」
 牛乳が高騰し、一般人には手の出ない代物になり、代替品が市場に流通し出して久しい。少女は一度でいいから本物を飲んでみたいと思う一方で、その味を知ってしまうと今手にしている「牛乳」が飲めなくなってしまいそうで怖いと思う。無用の心配だということは十分わかっている、けれど。
「……気分の問題だから、いいの」
「へえへえ。しやけど、ほんま大丈夫かいな」
「うん」
「ああ、アレか、何やイライラしてるし、高温期?」
「……ほんと死んで」
 へらへらと笑う男が煙草を咥えながらディスプレイをこつこつ叩いた。
「こんなしょぼい店の端末でも、ピッてやっただけでバイタルサインは出るわ、購入履歴は出るわ、キャッシュレスの代わりに残高まで出るわ、便利すぎて吐きそうやな」
「この辺禁煙うるさいんじゃないの」
「知るか、俺の店は治外法権じゃ」
 そう、と相槌を打ちながら先程リーダーを当てられた辺りを撫でさする。Tシャツとデニムのホットパンツの隙間、細い腰の右側にバーコードのタトゥ。その下に埋め込まれたちいさな金属片の中に自分の情報が全て詰まっている。少女が生まれていたときからそこにあるものなので、鬱陶しいことには変わりはないがこれが普通だと思っている。
「ユウリはそれが当たり前やもんな」
 煙ごと吐き出された言葉はほんの少しだけトーンが低い。
「ミツギさんはこれがないときを知ってるんだよね。不便だった?」
「今までこんなもんのうても生きてこれたんや。こんなアホみたいに情報出されても知らんがな、の一言やな。客の脈拍知って何が楽しいねん。変態か」
 さっきは体温見て絡んできたくせに、と言おうとしてユウリは言葉を飲み込んだ。……一応心配してくれた、のだろうから。
「近所のおばはんの預金残高出ても別に押し売りしたいとも思えへんしな」
 よろずやーー個人経営のコンビニエンスストアであるこの店の主は面白くなさそうに呟く。かと思えばよれた黒シャツの左腕をまくってバーコードを覗かせ、にやりと笑う。
「俺の年収見る? 嫁に来たくなるかも知れんで」
「要らない」
「返事早っ」
 煙草の灰をカウンターに零しながら豪快に笑い飛ばし、ミツギはバーコードのちらつく腕を伸ばしてユウリの頭をくしゃりと撫でた。
「何す……」
「アホなこと言うてらんと、早よ帰って寝とき」
 目元がやわらかくなったミツギに手を振り、ユウリは人工的な光に満ちた店を出て人工的な光の零れる通りに出た。日が落ちて間もない時刻だが、この街に完全な闇が訪れることはない。
 目に飛び込んできた「希望が丘」という町名表示のパネル。
「……希望、ねえ」
 十代にしては冷めた笑いがユウリの唇に浮かぶ。私の希望は何だろう? 学校に行くのもつまらなくてやめた。勉強はインターネットがあれば家でだって一人でだって出来る。勉強以外のこともインターネットで賄える。音楽も、読書も、映画も、好きなだけ。でもつまらない。
 熱っぽい身体だけが生きてる証。それ以外はまるで機械みたいだよ。
 また無意識に腰の辺りに手を遣り、ユウリは歩き出す。
 そのうち「このナンバーからこのナンバーまでは不良品です」なんてアナウンスが出てもおかしくないかもね。

09sep2015
作品名:Numbers 作家名:紅染響