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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第六章 「雷神降臨」

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冷たい風に、白い雪が混じり始める頃。
 出雲の人々は、新しい年を迎える為の支度に忙しく動き回る。
 すっかり人気のなくなった稲佐の浜の上空には、重たい雲が垂れ込めていた。やがて吹雪を呼びそうな、暗い雪雲。
 --だが。
 雲を切り裂いて落下したのは、雪ではなく激しい雷だった。
 凄まじい迫力の青い雷撃が、立て続けに海へと落ちる。青光は海面を輝かせ、雷の爆音は出雲中に響き渡った。
 突然の怪異に驚いた近在の人々は、慌てて浜に駆け集まる。呆然と天を見上げる人々の前で--雷と共に、一人の天津神が海上に降臨した。

「--我は天津軍神、建御雷(たけみかづち)である」
 威風堂々とした青年神は、自らの分身である布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)を抜くと波の穂に逆さに刺し立て、その上に立って周囲を睥睨した。
「天照大御神、及び高御産巣日神の命により、我は地上へ天降った。この豊葦原は、天の御子の治めるべき国である。地上の王よ、我が前へ進み出てこの領を禅譲せよ」



 杵築の郷にある長の御館では、八人の兄弟が車座になって、苦悩に満ちた表情を突き合わせていた。
「地上の王といっても……一体誰が行けばいいのだ」
 物憂げに、二彦が呟く。
「結局、この出雲の代表ということでしょうが……他の郷も国も、全てこの杵築に一任すると言ってきていますよ」
「あの神が降臨した稲佐の浜は、杵築の領域だからな……。誰しも、あの恐ろしい雷神と直接交渉などしたくないのだ。面倒な事ばかり、我らに押しつけおって……」
「だが結局、我ら兄弟の中の誰がが行くしかあるまい」
 長兄・一彦の言葉に、七人の弟達は沈鬱な表情で押し黙った。行きたくないのは、彼らも全員同じだ。誰だって、命は惜しい。
 本来の長である彼らの父は、奥の室で寝込んでしまっている。
 雷神の降臨に衝撃を受けたせいもあるが、そもそも彼が体調を崩してしまったのは、末息子の志貴彦が旅の途中で死んだと聞かされたからであった。
 --そう。因幡で八上姫に拒絶され、志貴彦の殺害にも失敗した八兄弟は、郷に帰った時「弟は旅の途中で病にかかって死んでしまった」と説明していたのである。

「--さて、誰がいく?」
 一彦が言った時、弟達は揃って長兄の顔を見た。一彦は追いつめられたように後ずさる。
--その時だった。
「ただいまあ」
 呑気な声と共に、室の入口からひょっこりと顔を出したのは「死んだはず」の末弟・志貴彦であった。
「お、お、おまえ……どうして郷に……っ!」
 激しく驚愕した七彦が、声を震わせながら志貴彦を指さす。
「うーんと、色々あったんだけどさ。とりあえず、帰ってきたくなっちゃって。なんか、兄さん達とも色々誤解があるみたいだから、話し合ってみようかなー、とか」
 志貴彦は晴れやかな笑顔で言う。その様子は、まさに天真爛漫、無邪気そのものだった。
 八人の兄は呆気にとられ、しばし無言のまま末弟を凝視した。
「バカじゃねーのか、こいつ……」
 七彦がぽつりと呟く。その時一彦が立ち上がり、志貴彦の側に歩み寄ると、両手で弟の肩を抱いた。
「……志貴彦。兄さん達が悪かった」
 一彦は殊勝に頭を下げる。虚をつかれた志貴彦は、目を丸くしてきょとんとした表情になった。
「確かに我々の間には、たくさんの不幸な誤解があったようだ」
「兄さん!?」
 抗議の声をあげかけた六彦を、一彦は一睨みして黙らせた。
「だが我々は、もうお前を憎んだり恨んだりはしていない。だから、お前も兄さん達を許してくれないか」
「え、あ、うん、え……?」
「そうか、よかった。お前はいい子だ。それで、今も兄弟全員で話し合ったのだが、詫の証として、お前に『長』を譲ることにした。留守にしていたお前は知らないだろうが、近在との話し合いで、杵築の長が、出雲王を名乗ることになったんだ。この栄誉ある称号を、快く受けてくれるな、志貴彦!」
 一彦は、有無を言わさぬ勢いで志貴彦に畳み掛けた。
「いや、ちょっと待ってよ、兄さん。そんな、急に言われても……」
「ああ、よかったなあ。では今から稲佐の浜へ逝って、禊をしておいで。……それでお前は、正式な出雲王だ!」
一彦は、善意に満ち溢れた(ような)笑顔を浮かべる。
 とまどう志貴彦は、助けを求める様に他の兄達に目をやったが――彼らは一様に、これまで志貴彦が一度も見たことがない様な爽やかな笑顔を浮かべて、末弟を祝福した。


「おう、志貴彦どうだった!?」
 郷の外れで待っていた建御名方は、戻ってきた志貴彦の姿を見ると、片手を上げた。
「兄貴たちは、なんかごちゃごちゃ言ったか!? 面倒なことになりそうなら、俺がひと暴れしてやるぜ」
「……いや何か、予想外に簡単に解決してしまったんだ」
「――簡単とは?」
そばに控えていた事代が、問い返した。
「なんかもう……出雲王に、なっちゃった」
「へ?」
「は!?」
建御名方と事代は、それぞれ同時に頓狂な声を上げる。
「……なんなんだよ、それは」
建御名方は、拍子抜けしたように呟いた。
「うーん、なんか、よくわかんないけど、話し合いで……」
 志貴彦も頭を捻った。うまく説明できないのも当然だ。志貴彦自身が、釈然としていないのだから。
「……だがどうも、様子がおかしかったぞい」
志貴彦の頭の上で、蛾のふりをしていた少彦名が、むくっと起き上がった。
「あれは、絶対何か裏があるぞ」
「そうかもなあ。あの人たちのことだし……」
志貴彦は、苦笑する。
「では、どうしますか?」
事代が、意向を伺った。
「……まあ、とりあえずは、稲佐の浜へ行ってみようか」
ここで考えていても仕方がないからと、志貴彦は言った。彼の言を受けて、一行は稲佐の浜へと向かうこととなった。


以前、秋の日に遊びまわった浜は、すっかり冬の顔になっていた。
砂浜には寒風が吹き荒び、人気はまるでない。
空には重たい雲が垂れ込め、そして――。
……海の上に、見知らぬ一人の男が立っていた。
 男は、見るからに奇妙だった。大体二十代後半くらいの青年だが――ざんばらに切られた短い髪も、複雑な紋様の入った緋色の衣も、まずこの近在では見たことのないものであった。
 しかも男は、波の上に突き刺した剣の上に立っていたのである。

「――貴様が出雲王か。随分と待たせてくれたな」
 男は志貴彦を見下ろして、居丈高に言った。
「いや、だって、さっき決まったばかりだからさ……」
 志貴彦は男の言葉の意味が分からず、しどろもどろに言い返す。
「言い訳はよい。我は、この国を平定するために降臨した。お前の領するこの国を、天孫へ差し出す心は決まったか」
「え、なんの事? ――大体、君はいったい誰なのさ」
突然に言い立てられて、志貴彦には、まったく事体が把握出来なかった。
 もしかして、また勝手なことを言い出す人に出くわしてしまったのだろうかと、自分の運のなさに辟易して、ため息をつきかけた時――
 志貴彦の隣にいた事代が、「ああっ!」と大声を上げた。
「お、おお、おまえは……建御雷(たけみかづち)……!」


「貴様は……邇芸速日(にぎはやひ)ではないか」
 建御雷は事代を一瞥すると、眉根をよせて呟いた。