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出雲古謡 ~少年王と小人神~  第二章 「因幡の白兎」

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 そこまで言って、兎は嗚咽した。それは妙に人間くさく、何だかわざとらしかった。
「それで、渡れたの?」
「はい。首尾は上々かと思われました。わたくしは鰐の上を数えて渡ってきて、丁度地に降りようとするとき、『お前は私に騙されたのよ』と言ってしまいました。その途端、一番端にいた鰐がわたくしを捕まえ、わたくしの大事な毛皮をそっくり剥ぎとってしまった
のです」
「……なんだ、馬鹿な事言うからだよ!」
 聞いた途端、志貴彦は素直な感想を漏らした。兎が一瞬、不機嫌そうに顔をしかめる。
「それで、その傷はその時に出来たものなのかの?」
 大きな目を興味深そうにしばだたせながら、少彦名が聞いた。
「……いいえ。わたくしの不幸には、まだ続きがあるのです。聞いてください」
 気分を害していたような兎は、改めて悲しげな表情を装うと、再び話し始めた。
「わたくしがここに伏しておりますと、八人のご兄弟がいらっしゃいました。わたくしが事情を話しますと、彼らは『この海水を浴びて、風に吹かれて寝ていれば直るだろう』とおっしゃいました。わたくしは彼らの言う通りにし、ここで寝ておりましたが、身体が乾
くほどに、身の皮がことごとく風に吹き裂かれ、痛んで痛んでたまらないのです。それで、ずっと泣いておりました……」
 語り終わると、兎はまたおいおいと泣き始めた。何故か知らないが、その姿は傍目にも極めてわざとらしく、胡散くさかった。

「……兄さん達の仕業だな。わざと、嘘を教えたんだ。あの人たちらしい……」
 しばらくの沈黙の後、志貴彦は唸るように言った。
「困った人たちだよ」
 少年は、はあっと溜め息をつく。
「そうですっ。あんな意地悪な人たちに、八上姫を娶ることができるもんですか!」
 兎は即座に悪態をついた。その途端、志貴彦は驚いたように兎を見つめる。
「……君……なんで、兄さん達が八上姫に妻問いすること知ってんのさ」
「えっ、いや、それは……」
 突如志貴彦に突っ込まれ、兎は返答に窮した。
「それは、その……風の噂で」
 兎はにへら、と笑った。
「--怪しいの」
 志貴彦より先に、少彦名が言った。
「まだ、兄達本人から聞いた、という答えの方がましじゃ。兎、お主あまり頭はよくないの」
 兎は、思わず敵意を込めて少彦名を睨む。それを見て、志貴彦は言った。
「……まあ、確かに頭は悪そうだよ。誰が聞いたって、一発で嘘だって分かる治療法を実行しちゃうんだから。それに、鰐を騙したときのツメも甘いよねえ」
「というよりも、その話事態がどうも怪しいぞ。兎、その隠岐島というのは、どこにあるのじゃ?」
 志貴彦と少彦名、二人に問いつめられて、兎は慌てて海の彼方を示した。
「あれ、あそこ、あの島です」
 兎の示したほうには、確かに小さな影が見えた。波間に浮かぶ、それは……
「まあ確かにあるにはあるけどさ。なんか、『島』っていうより、大きな岩って感じだよねえ、あれ」
 志貴彦は振り返り、兎に向かってにやっと笑った。
「で、君はなんであの島にいたの?」
「そ、それは、昔洪水でこちらから流されてしまって……」
「ふうん。それで、今になって帰りたくなったんだね。で、結局、鰐は何匹いたの?」
「よ、四十……」
「ここからあそこまでは、鰐四十匹程度では到底届かぬぞい!」
 少彦名が勝ち誇ったように叫んだ。
「これで決まりじゃ! この兎は、我らを騙そうとしておる!」
「だ、騙そうだなんて、そんなっ……」
 兎は激しく狼狽した。
「まあ、始めから怪しかったけど。やっぱり、そうなのかな?」
「うむ、まちがいないぞい。そも、海を渡ったとかいう話からしておかしい。大体、こやつ以外には、証人もおらぬではないか」
「そんな、やめてください! どうしてそんなに疑うんです。わたくしは、今こんなにひどい目に遭っているのですよ!」
 兎は哀れっぽく懇願した。
 その姿は、確かにたいそう惨めであり、彼がひどい傷を負っている事は、動かしようのない事実であった。

「そうなんだよね。何か企んでるのなら、わざわざ自分から酷い怪我をするかなあ?」
「それがこやつの趣味ではないのか?」
 少彦名は冷酷に言い放った。
「……少彦名って、以外と冷たいんだね」
「何が『冷たい』じゃ。わしは、義兄弟であるお主を守ろうと必死なのじゃ。こんな、怪しげな兎の戯言につきあわせる訳にはいかんのじゃ!」
 少彦名は志貴彦の髪を引っ張りながら、憤然と抗議した。
「あああ、お願いです。わたくしは痛くて痛くてたまらないのです! どうか、助けて下さいっ……」
 兎は打ち伏して、大げさに泣き始めた。
 そのあまりのわざとらしさに呆気にとられつつ、二人は無言で兎を眺め下ろす。
「……まあ、治療法としては、一つあるんだけど」
 しばらくして、志貴彦がぼそっと呟いた。
「本当ですか! どうか、教えて下さい!!」
 兎は顔を上げて、赤い目を輝かす。
「あのねえ。ここの河口に行って、まず真水で身体をよく洗うだろ。それから、側に生えてる蒲の花粉をとってまき散らし、その上を転がり回ったら、元のような肌に戻ると思うんだよね」
「なんでそんなことで治るのじゃ?」
 頭の上から、少彦名が口を出した。
「蒲の穂には、血止めや痛み止めの効果があるんだ」
「ほおお」
 少彦名は感心したように頷いた。
「賢いのう。志貴彦、お主、医薬神の素質があるぞ」
「やだなあ。そんなに、誉めることでもないよ」
 志貴彦は少し照れながら言った。
 幼い頃から山野や海辺で遊び回っていた志貴彦には、これくらいの知識はごく当然のこととして備わっていたのだった。
「ありがとうございます! それでは、早速今から河口へ参ります!」
 感涙に咽びつつ、兎は志貴彦に礼を言った。ぴょんぴょんと飛び跳ねて急ぐ兎。
 しかし、志貴彦は思い出したように兎の後ろ姿に声をかけた。
「あ……ねえ。今行っても無駄だよ」
「は?」
 兎は振り返り、きょとんと首を傾げた。
「蒲の花は夏に咲くんだ。今は秋だから、もうないよ」
「--へ!?」
 兎は呆気にとられて立ち尽くした。
「かかかかっ!」
 志貴彦の頭の上で、少彦名が弾けたように笑い出す。
「なんか、期待させちゃったけど。だから結局、君の力にはなれないんだ。じゃ、僕、先急ぐから。--さよなら」
 言うと、志貴彦は袋を担ぎ直し、すたすたと岬を降りていった。
「残念じゃったのう、兎!」
 頭の上で、少彦名が舌を出す。
 兎は、呆然と二人を見送っていた。やがて二人が岬の下へ姿を消すと、突如わなわなと身体を震わせ始めた。
「……くそがきっ!!」
 兎は吐き捨てるように言った。
「杵築のろくでなし兄弟どもっ。特に、末子! 単に性悪だった兄達よりも、更にたちが悪いわ! 覚えておいで、目にもの見せてやるから……」



 海ぞいにある気多の前から、因幡国の内部へと南下を続けると、やがて八頭郡へと入る。その八頭郡を東西に横切るように曳田川が流れており、その流域に曳田の郷は広がっていた。