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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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オカネを説明できるわけない?

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「部分性記憶障害、ですね」

妻と医者に行くと、はじめて聞く病名を聞かされた。

「強いショックで頭の記憶の一部が抜け落ちるんです。
 思い当たるふしはありますか?」

「いいえ! まったくありません!」

妻が先に答えた。
たしかに、なんでこうなったから思い出せない。

「それじゃ、診察料は1万円になります」

「円?」

「お金ですよ」

「お金?」

医者がなにを言っているのかわからなかった。
そこではじめて自分がもう一つ忘れていることに気付いた。

「まさか……お金に関する記憶が抜けている?」

※ ※ ※

お金……お金……オカネ?

お金というものは財布に入っているけど、
これがなんなのか全く思い出せない。

「こんな紙になんの価値が……あっ!」

眺めていたところを、ホームレスに奪われた。
慌てて追いかけてホームレスを取り押さえる。

「ひぃぃ! 堪忍してくれぇ! 金は返す!」

「いいや、金はくれてやる。だから教えてくれ!
 金とはなんだ!? お金ってなんなんだ!?」

「お金ってのは、愛と同じさ」

それだけ言うとそそくさと逃げてしまった。
これじゃ全然「オカネ」が何なのかわからない。


「そうだ、銀行に行ってみよう」

オカネを扱う銀行なら、きっとわかるかもしれない。
せっかくなので街で一番大きな銀行にやってきた。

「今日はどのようなお取引を?」

「オカネについて聞きたいんです」

「お金について?」
「オカネとはなんですか?」

「えっ」
「えっ」

受け付けは"なに言ってんのこいつ"と視線で訴える。

「お金は、お客様が預けたり引き出したりするもので……」
「それは使用用途じゃないですか」

「物を買うために必要なものが、お金です」

「お金はものを買うためにしか使えないんですね」
「いや、そういうわけでも……」

銀行員はしどろもどろで、はっきりとした答えが得られない。
やっぱり銀行と言っても一般人だからなのかもしれない。
経済学者に聞いてみよう。


「お金? お金とは経済成長をアブダクトして、
 個人のプライオリティをペンディングアップする
 ウィンウィンのメソッドを構築するアジャストメントです」

「ぜんぜんわからねぇ!」

「まあ、君のように教養のない人間にわかる代物ではないよ」
「ひ、一言でオカネを説明してください」

「お金とは、プロダクトコードをプロバイダ契約するシェアリ……」

「もういいです!!」


だめだ。
学者の話は難しくてわからない。
ふと、テレビに映る国会演説が目に入った。



「首相、お忙しい中ありがとうございます」

「いいえ、あなたのような平民の意見を聞くのも
 高等な人種たる政治家の仕事のひとつですから」

「オカネとはなんですか?」

ずばり聞いてみた。

「お金……。お金とは経済成長を促し、
 個人の消費生活と幸福追求を手助けするものですよ」

「うーん……」

学者のときと似たような感触。

「それって、お金のもたらす影響じゃないですか?
 僕が聞きたいのはオカネというそのものです」

「……すまないね、もう時間だから」
「いや、30分のはずじゃ」

「うるせぇよ! お前らは税金収めて黙っていろよ家畜がぁあああ!!」

「えええええ!? ゼイキンってなんですかぁぁぁ!?」

結局、オカネはわからずじまいだった。
それどころかまた知らない単語を知ってしまった。


「うーん……やっぱり、僕が金を持っていないのがいけないのだろうか」

オカネを知らないのは、お金を持っていないから。
オカネをたくさん持てばその本質に気付けるのではないだろうか。

 ・
 ・
 ・

「それでは、長者番付に載った新鋭にインタビューです!」

あれから数か月、僕は億万長者に上り詰めた。

「すごいですね、ここまでお金をかせぐなんて。
 あなたにとってお金とはなんですか?」

「……なんなんでしょうね」

「へっ?」

「僕はオカネを知らないままに稼いでいました。
 これだけ稼いでも、いまだにオカネがなんなのかわかりません」

「億万長者のくせに?」
「億万長者のくせに」

「以上、ウォール街2丁目13番地からの中継でした~~」

オカネを知らなくても、オカネを手に入れることも使うこともできる。
いったいオカネとは何なんだろう。


―― お金ってのは、愛と同じさ


いつかのホームレスの言葉を思い出した。

「愛、か……」

愛を考えたとき、ついに答えが見えてきた。


「そうだお金とは、多く配れば自分にも返ってくる!
 貯めれば貯めるほど心に余裕ができる!
 ぜんぶ愛と一緒じゃないか!」

ついに見えた! お金がわかったぞ!!


ゴッ!!!

後ろから強い衝撃を受けた。
薄れる意識の中で、強盗が引き出しをあさっているのが見えた。



「……なた」




「あなたっ! しっかりしてっ!」

目を覚ますと、妻が抱きかかえていた。

「大丈夫? またなにか忘れてない?」

「うーん、いや、大丈夫だ」

これまでの記憶もちゃんとある。
お金について調べた記憶も残っている。

お金とはアイと同じだということも覚えている。

「……アイ?」

アイってなんだ?
お金がアイと同じだということはわかったけど、
そのアイがなんなのか見当もつかない。

「アイっていったいなんだ?」

妻はにこりと笑った。

「あなた。愛はね、あなたが私に抱いている感情よ」



「なるほど! アイとは恐怖なんだな!!」


妻のハイキックが後頭部をとらえた。
僕は一番最初に記憶を失った原因を思い出した。