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絡み合う蛇

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『絡み合う蛇』

日本画家のタカシは女性の裸体を描かせては天下一品である。清らかで、それでいて艶やかな女性画を描く。ある評論家は花のような絵と批評した。初期の頃の彼の絵は燃えるようなバラ、それが段々と淡泊となり、今は初春の梅の花のような凛とした美しさに包まれている。多くの評論家は彼が成熟した結果であると結論づける。しかし、二人だけ納得しない者がいた。一人は本人であるタカシ、もう一人は大女優のケイコ。

数か月前にケイコはタカシに手紙を出した。
『昔のあなたはどこに行ったの。今のあなたはエロジジイに過ぎない。小娘の裸ばっかり描いて。私が昔愛した男とはまるで違う』と。
手紙を見たタカシは当っているが、あまりにも上から目線であったので、途中まで読んで破り捨てた。

突然、ケイコがタカシのアトリエを訪れた。
タカシは最新作を描いているところだった。半身裸体の少女の絵だった。ケイコはその絵を見た。
蔑む色を隠そうとせず、「あなたの人生はもう終わったの?」とケイコは言った。
三十八歳の彼女は昔と変わらず輝いている。タカシと恋人関係が終わってから二十年の歳月が過ぎたというのに。だが、今は二十年前よりも輝いている。
「相変わらず辛辣だな。だが、昔よりも綺麗だ。いったい何を食っている?」
「男よ。決まっているでしょ」とケイコは微笑んだ。どこか誘うような色っぽい微笑である。
「あなたが、あまりにもジジイくさいからがっかりした」と言った。
「この俺が?」とタカシは食ってかかるような言い方をした。
「あら、怒っているの? 少しは昔の気概が残っているようね。小娘に手玉にとられて、魂を抜かれたかと心配してきたけど」
小娘とは、タカシが最近囲ったアキコのことだ。女中として彼に仕えている。
「あなたが小娘とどんな関係になろうとかまわないけど、昔、私が愛したあなたは若い牡牛のようにエネルギッシュで、燃えるような絵を描いていた。でも、今のあなたの絵は命がまるで消えゆくような寂しい絵を描く。あれからまだ二十年しか過ぎていないのに。まさか、死ぬことを考えているわけじゃないわよね。そんなことないわよね。あんな小娘を囲っているんだもの。でも、あの小娘は止めた方がいいわよ。今は子猫のようにかわいいかもしれないけど、あれは獣よ。きっと虎のようにあなたに食らいつき、何もかも食い尽くすわ。知性も品性もない。実に卑しい女よ」と笑った。
「知性がないのは間違いないが、品性はどうだろう?」
「昔、言ったでしょ、あなたには女を見る目がないって。女はみんな男を化かすの。生きるためよ。女も生きるために知恵を使うのよ。情けない。あんな小娘と同棲して、覇気のない絵を描くなんて」と叱咤した。
「大きなお世話だ」と言おうしたが、言葉にならなかった。
タカシは、ケイコを、女優としても女としても高い評価している。清純派を演じることも、どろくさい女役を演じることもできる。いつも誰かと恋をしている。恋をする度に、彼女は妖しく輝いていく。
二人が出会ったのは今から二十二年前のことである。タカシが美大三年生、そしてケイコはまだ女子大一年生。画家希望のタカシと学校先生を希望していたケイコ。二人は暇さえあれば、激しく愛し合った。春、夏、秋、冬。そして昼も夜も。あまりにも激しい愛し方で、喘ぎ声が漏れるやら、ベッドが軋む音がうるさいやらで、隣の部屋から文句を言われたのは一度や二度のことではない。確かにタカシの愛し方は凄まじかった。確かに牡牛のようにエネルギッシュだった。タカシの愛で、まだ少女だったケイコは妖しく変わっていった。ちょうどさなぎから蝶になるように。
「あなたと出会ってから二十二年が経ったのね。夏になると、よくあなたと過ごした夏の日のことを思い出すわ」
二人はタカシが大学四年の夏、ほんの二か月だが同棲した。来る日も、裸で抱き合いながら、夜明けの空を眺めていた。その頃からヌードを描いた。無論、モデルはケイコ。だが、当時は素直な写実画ではなかったため、今見ても、モデルがケイコだということも分からない。
タカシも夏の一夜のことを思い出した。それはいつものように抱き合いながら、夜を明かしたときのことだった。
――抱いた後、タカシはケイコに向かって言った。
「お前は日々、良い女になっていく」
「あなたのせいよ。こんなふうに感じるようになったのは」とケイコも笑ってこたえた。
「もう少女の頃のような恥じらいはないな。自分から快楽を引き出すに体を動かすようになった。ずいぶん色っぽくなった」
ケイコは答えなかった。
「ねえ、しめ縄って知っている?」と逆に質問してきた。
「神社の?」
「あれは蛇が絡み合った姿を模したものだというの。蛇の長いセックスに古代の人は憧れたのよ。あなたも蛇と一緒ね」とケイコは笑った。
その時だった。落雷がして、ケイコは強く抱きついた。そのとき、彼女の爪の跡が背中に残った。そのときの爪の跡は未だに消えない。
それから二人は絡み合う蛇のように抱き合った。
――
 「昔、お前に抱きつかれて、爪が刺さった。その跡がいまだに残っている」
タカシは笑った。
「あの雷の朝のこと? 私もちょうど今思い出したところ」
 ケイコはタカシの手をとり、自分の服の中に入れた。タカシの手がケイコの豊かな乳房に触れた。
「私の胸を覚えている?」
 確かに懐かしい感触が伝わってきた。数多くの男を引き付けて止まない、柔らかくて生き物のような乳房。最初にそうさせたのはタカシだ。
「お前は相変わらず色っぽくて美しい。その美しさで今まで何人の男たちをダメにした。一人や二人じゃないだろ?」
「ひどい言い方ね。私がダメにしたんじゃない。そうなったとしたなら、自滅よ。私と交わって偉くなった男たちもたくさんいる。あなたを初めとして、俳優のX……それに……」
「いろんな男たちと噂になったことは僕も知っている。そして、どれも当っているのだろう。彼らの多くは、君に惚れて、骨を抜かれ、魂を抜かれてしまった。この乳房の虜になって」と乳房を強くつかんだ。
 ケイコは一瞬顔をゆがめた。その歪んだ顔はタカシの心を高ぶらせた。
「それは褒め言葉かしら?」とケイコはシャツに手をやりボタンをはずし始めた。
「どう受け取ろうと君の勝手だ」
「お喋りはこの辺で止めましょう?」
ケイコはタカシに体を密着させた。二人に遠い昔の記憶が鮮やかに蘇った。裸になり絡み合う蛇になるのに、さほど時間がかからなかった。
二人が抱き合っている姿をアキコは見てしまった。不思議と嫉妬はしなかった。むしろ二人の貪るような激しい愛し方に圧倒され、そして彼女自身も疼くのを止められなかった。ずっと見ているわけにいかず、タカシと夜を共にする寝室で、身を横たえて、自分自身で慰めた。
ケイコとタカシの二つの体が離れた。ケイコはまだ汗が湧き出ているのに下着をつけ始めた。
「安心したわ。まだ小娘に魂が抜かれていなかったのね」とケイコは言った。
作品名:絡み合う蛇 作家名:楡井英夫