小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

月のあなた 下(4/4)

INDEX|6ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

西風吹かば


  
 学園長はいつも通りスーツを上品に着こなして微笑んでいた。
 蜜柑の苦手な笑顔だった。

「大甘、昼休みにすまないな」
「いえ」

 隣に立つ吉田は、避難誘導の際に怪我をし、左腕をつっている。

「わたしの予定がここしか空いてないものですから…ごめんなさいね」

 学園長が言って、蜜柑は首を振った。

「いいえ…その、なんでしょうか」
「単刀直入に言うわ――あなた、学園に残り続ける意志はありますか?」

 蜜柑は面食らったが、すぐにこれがカウンセリングの続きであることに気がついた。

「医師の先生に言ったとおりです。たしかにいまちょっと記憶が不安定ですけど…それでこの学校がいやになることなんてありません」
「そう…。普通の生徒ならそれでいいんだけどね…国防の人から、テロリストが一時的に人質をとっていた形跡があるらしいって聞いたのよ」

「!」

「だからもしかしたら、あなただけ記憶の回復が遅れているのは、そういういやな記憶があって…それがもしそうなら、精神的な後遺症になるんじゃないか――」
「先生」

 何故か吉田が横やりを入れた。

「と、カウンセラーの人が言っていらっしゃったのよ。…どうかしら?」
「……」

 蜜柑はしばらく空気の中の一点を見つめるようにしていたが、やがて答えた。

「どう、とは?」
「無理はしていない? もし無理をしているのなら」
「全然、無理なんてしていません」

 蜜柑は、相手を遮るように言った。

「そう…? ならいいんだけど。カウンセリングの備考欄に、その…恐怖からの自己防衛による記憶障害があるって。薬物の影響による幻覚視の疑いもまだ拭えてないし…」

 学園長と蜜柑は、そのまま数秒、お互いを見つめ合った。

「わたし、ここにいちゃ駄目なんですか」

 学園長はハッとした顔をした。

「とんでもない! ただ、あなたは悪夢になり得るような、怖い思いをした」
「はい」

 毅然として答える蜜柑に、学園長はなぜか頷いた。

「…それを、まるで既に克服したかのように見える、とも、所見に書いてあって。その…できれば教えてもらえる? どうしたら、悪夢から逃れることができるのか」

 今度は、蜜柑がハッとした顔をした。 
 つばを飲み込み、ゆっくりと答える。

「……いい夢を、みることですかね…?」
「夢の中で、誰かが救ってくれたのね」
「はい…」

 蜜柑が頬を染めながら俯くと、

「わかりました!」

 学園長は微笑んだ。

「えっ」
「ありがとう。今後も学園生活に励んでください。…さあ、もう行って!」

 蜜柑は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたまま、

「失礼します」

 部屋を出てドアを閉めた。

「…あんな笑顔するんだ」

  *

 女子生徒が出ていった後、学園長はにやにやと歯を見せて笑い出した。

「…なんですか」

 吉田が訊く。

「信じられる? おぼろげでも、能力が目覚めた上に耐性がついたのよ? いや~、人材って意外と近くにいるもんだな。これも他生の縁かしら」
「人の生徒で遊ばないでくださいね」
「まあ~、今後の流れ次第ね…」

 学園長は、両手を挙げてぐーっと背伸びをした。

  *

 蜜柑は学園長室から出た後も強まり続ける、奇妙な感覚に戸惑っていた。
 頭には、まるで同級生のような、学園長の笑顔が残っている。

 ――あなただけ記憶が――

(もしかして――違うかもしれないけど)

 ――誰かが救ってくれたのね――

(夢かもしれないけれど、でも)

 あんなことが、ほんとにあったかも知れないって言うの?

(そして、学園長はそれについて何かを知っている…?)

 いやいやいや。
 あり得ないでしょ。
 あれは子供の妄想でも、トラウマの予防になるなら良いんじゃないって、そういうことだ。

(だってそうじゃないと、ひなちゃんが…)

 思わず額に手が上がってしまう。

「ちょっと、自分でも恥ずかしい夢だよねえ…」

 ファンタジー読む分量減らそ、と決めて歩き出し、そして、職員室を過ぎた休憩室に通りかかったときだった。

「「あっ」」

 ぶつかりそうになりながら出てきた木ノ下を見た瞬間に、それまでのどこか浮ついていた気持ちが消えた。

(あ…え…?)

 夢だと思っていた。
 あの日自分が見た悪いことは全部、本当には起こっていなかったのだと。
 だけどたぶんそれは、夕方頃からだけの話で。

「あ…あの…大甘さん」

 木下は、人気の無い廊下を見渡すと、休憩室をちらちらと気にしながら話し出した。

「大甘さん…わたし…!」

 絞り出す、微かな悲鳴のような声を聞きながら、蜜柑は恐ろしいほどの既視感に囚われていた。
 それはもはや、既視感などというしろものではなかった。
 これは、場所こそ違えど記憶そのものだ。

(どういうこと?)

 もし、これが記憶ならば。

「知って」
「…ねえ、三石さんに」

 蜜柑は、動悸を抑えながら言った。

「え?」

 木ノ下は顔を上げた。

「三石さんに…言われてやってるの」

 何故、と問いかける木ノ下の顔が、正解を物語っていた。

(やっぱり。)

 じゃあ、次に後ろから出てくるのは。

「みのりー? どうしたのぉ?」

 舌足らずな、鼻にかかる甘い声が休憩室の中からし、そいつが出てくる。

「実、なにやってるの? 取材に行くんじゃなかったの」
 木ノ下は電流でも流されたようにびくりとすると、蜜柑の方を見た。
「……」

 蜜柑は目だけで頷く。

「…はい! そうだね」

 木ノ下は、脱兎のごとく逃げ出していった。

「はい…だってぇ、変じゃなぁい?」

 三石はあくまで自然に、蜜柑に同意を求める。

「……」

 蜜柑はあまりのことに、口がきけなかった。

「あれ――同じクラスの大甘さん、だよね。えっと、ご機嫌いかが?」

 三石はコケティッシュに首を傾げた。

「うん」 
「どうしたの…かたまって――あっ」  

 そこで三石は何かに思い当ったように、口に手を当てた。

「もしかして、実…木ノ下さんに何か云われたの?」
「いや…」

 どういう理由かなんて全く分からない。
 だけど自分はこれを知っている。これを見ている。

(だけどそれで、どうしろって言うの?)

「そうなのね」

 三石は真剣な表情をすると、少しためらって直ぐに言った。

「いま、時間大丈夫?」

 どん、と心臓を直接殴られたような衝撃に、息が詰まる。
 心配でたまらない、という顔だった。
 誰がどこから見ても魅力的な、テレビに出てくるような美少女の。

「わ」

 わたし、どうすれば――

 蜜柑が俯き、身をかばうように肩をすぼめた瞬間だった。

 窓から入り、教室を抜け、廊下を渡り。
 大きな風が西から真っ直ぐ吹いて、円廊のドアやガラスを東へ向かって一斉に震わせた。その中に、一つの歌声が――何ひとつ遮るものの無い、乾いた空間を貫いて響き渡るような、それは、狼の鳴き声に似ていた。

 風は、確かに自分だけでなく、三石の髪と服も動かしていた。
 だがその声が聞こえていたのは、自分だけのようだった。