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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 下(4/4)

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a dragon and a princess


  
 狼の老人が消えた後、日向はどっと疲れが出てきた。

 それと同時に、脇腹に違和感を覚える。

「あれ…ナナエ。シールド出して、寒い。みかんちゃんも包んでね」
「あ、こりゃ気が付きませんで――」

 ナナエが言うと、蜜柑を抱いた日向の周囲に、また黝い膜が張られるが、その膜は電波の通りが悪いテレビの様に歪んでいた。

「や、どうもこいつは変ですね、出力が上がりません」
「あの、すみません日向様…私先ほどの上昇で、すこし…」

 ヤエが苦しそうに言った。

「ごめんね。わたしが急上昇、急加速させたから…」
「御嬢さん、なんか御気分が優れないんじゃありませんか――げっ! 出血してる!」
「あ、そっか…やっぱ一本…避けきれてなかった…かも」

 黒い翼を覆う蒼い光が弱まり、日向の身体は段々と高度を下げていた。
 眼下には、黒々とした和家の海が広がっており、海岸線まではいずれ一キロほども戻らねばならない位置だった。

「だれか…たすけてくれるよね…」

 目の前が霞む。熱っぽい体で、しかし離れる事が無いよう、蜜柑を抱きしめた。

「いや難しいと思います、日向様お気を確かにあなたが動力源なんですよ、ほらヤエお前もなんかいえったら」
「わたくしも…もうだめですわ…」
「ああこうなったらおれも男だ、ナナエ一世一代の防御膜を張って…みせ……る…」

 蜜柑の胸に頬を寄せたまま、日向は意識を手放そうとしていた。
 がくりと浮力が途切れ、真っ逆様に闇の中に落ちて行こうとする。
 翼が黒い、海の闇に落ちて行くのを、空にかかる満月が見ていた。

「かあさん――」

(まずい…みかんちゃんだけでも)

 思うが体が動かない。   

(ななえ、やえ…)

 応答は無い。
 腕輪は、すでに光を失っていた。
 日向の頭の後ろには、海面に映った二つ目の月が近づいてくる。

 そしてその月が、盛り上がる黒い竜の背によって割れた。
 
 長い胴の龍は、トビウオの様な形の翼をひろげながら、上手く体を上下させて水にもぐりつつ、少女らを受け止める衝突の反動を逃がした。 
 日向は、だんだんと薄れる意識の中で、水の中からこちらを伺ってくる、蒼い瞳を見返した。
 その瞳を見た瞬間、また意識は薄れて行った。     
 龍の背中の暖かさに、どこか覚えのある安堵を抱きながら。

  * 

「先生、月待家の事は知ってる?」

 やっと来た応援の車の後部座席で、女は隣のパワードスーツに問いかけた。スーツの左肩から先は取り外されて、今は包帯が巻かれている。

「あの姉妹の家ですか? 確か、商社マンの父が…」

 男の声はすでに変成器を通していない。

「ちがうわよ。財閥の月待家。まあ、表向きは違う名字だけどね。千年続く名家でもあるけど、いってしまえば一つの狂信集団よ。この前も話に出た、天孫降臨のはなしだけどね…。この月待家は、かぐや姫伝説もそのひとつだと信じてるの」
「かぐや姫は、最後は月に帰ったのでしょう」

 若い男は、静かに答えた。

「帰らなかったのよ。月待家の伝説の中ではね。そして、更に驚くべきことに、その伝説の中では、不死の薬とは、不死身を持つかぐや姫その人だとされているの」
「……富士の煙にまつわる結末は」
「そこは同じ」
「その二点以外に、相違はないのですか」
「あるわ。最後の相違点は、家族と従者たちは寂しさのあまり病を得て死んだりなんか、しなかったってこと」

 車は和家港に向かってひた走る。

「彼らは信じたのよ。あの和歌が彼女の誓いだと。一つの生態系に散布された物質が、食物連鎖で生物の体内に蓄積されていくように――この土地で生きるものたちの中に、そして何より元の鋳型である人間の中に、かぐや姫の情報が帰って行くだろうということを。そして月待の家は待ったの。千年。その家系は、輝く姫が帰ってくるのを待ちつづけた」

「そして輝く姫は帰って来たのですね」

「ええ、帰って来たわ。…帰って来たわよ。やることがあるのー、とか言って。生きてたのよ。ひきこもりは面白いわー、とかいって。…好きほうだいやって家出して駆け落ちして、勝手に世界を救って勝手に死んだのよ。ほんとに勝手ばっかり」

 握りしめていたハンカチに、ぽたりと水滴が垂れ、染みが出来た。

「…急ぎましょう」

 若い男が言った。

  *

 港に着くと、その周囲には四台のドローンが炎上し、ふ頭のアスファルトを赤々と照らしていた。
 フードを取ったその頭を真正面からみれば、それは火の舌をちらつかせる八頭の蛇が踊っているようであった。
 二人の女子高生と二羽のカラスが、彼女の足元に横たわっている。

「遅かったな」

 パワードスーツがドアを閉めて出ていくと、赤い眼が睨みつけて来た。

「悪い」
「その子はひなの友達だ。手荒な取り調べはするなよ」

 穂乃華は気を失ったままの蜜柑を示す。
 それから、脇で、静かに微笑んでいるスーツの女に向かってつかつかと歩いて行った。

「ほら。これでいいんでしょう」

 その手の中に有る、白い石を押し付ける様にして差し出す。

「…ありがとう」

 だが女性が石に手を伸ばした瞬間、ぱっ、と再びそれを掌の中に握り込んだ。

「今回の件の報告書には、月待の名は一行も出ない、そうだな」
「ええ」
「オーケー」

 穂乃華はぽとり、と石を相手の手の中に落とした。

「さ、これで後始末は終わりだな。わたしは帰るぜ」

 穂乃華はフードを被り直し、二羽の黒い鳥を自転車の前かごに突っ込んで、日向を背負うと、ハンドルを引いて歩きだした。
 そして、途中で一度だけ振り向く。パワードスーツの男、中年の女性、そしてその背後に並んでいる数人の覆面をした男たちに。

「分かってると思うが、妹にばらした奴には、千年分の炎の味ってやつをごちそうしてやるから、そう思え」