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最後の晩餐は京都で

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「高そうだけど、いいの?」とタカコは心配そうに聞いた。
「初めての旅行だ。気にすることはない」とキイチは答えた。しかし、内情はその月の支払いに四苦八苦している最中だった。金策に追われる厳しい日々だったが、出される料理は実においしかったことをキイチは昨日のことのように覚えている。
「覚えているさ」
いつかまた二人で訪れようと言いながら、二十年が過ぎた。その間、会社も大きくなった。
「もう一度、あの店でゆっくりと食事をしたい」と言った。
「いいよ」と答えると、子供ようにうれしそうな顔をした。
「同じ場所で最後の晩餐をしましょう。そしたら、心穏やかに旅立てるわ」
「馬鹿なことを言うな。お前には、俺の最期を看取ってもらわないと困る」
タカコは微笑んだ。それが最後の微笑みだった。
冬の終わり、その日は嵐だった。突然、病状が悪化した。あっけなく、突然最期を迎えた。言葉をかける間もなかった。

翌年の夏、キイチはタカコの写真とともに旅をした。あの日と同じ日に。京都の町は変わっていた。遠い昔、訪れた料亭はそのまま残っていたが、店の名前も板前も変わっていた。食事をして店を出ようというとき、前の店のことを聞いた。
「あの店ですか? ずいぶん前に主人が倒れてね。私が引き継ぎました」
タカコと訪れた場所はもう無かったのである。二人で来なくて良かった気がした。もしも、二人で訪れたら、どうだったか。きっとタカコを失望させたと思った。時は過ぎ去るのだ。良い思い出も、悪い思い出も、みな遠い過去へと押しやられる。心の中にあるのはそんな過去の幻影でしかない。
「お客さん、前に来たことがあります?」
「遠い昔ね」と言って店を出た。
歩きながら、キイチは最後の晩餐は天国でもできると思って自分自身を慰めた。同時に、”その時まで待ってくれ”と心の中で妻に呼びかけるように空を見上げた。


作品名:最後の晩餐は京都で 作家名:楡井英夫