小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

月のあなた 下(2/4)

INDEX|10ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

悪夢の続き



「ここ、どこ…?」

 蜜柑はその暗さと湿り気に、まず怯えた。次いで、自分が腰からつり下げられるような格好で、誰かに運ばれていることを自覚した。そこからは一秒もしないうちに、状況を思い出す。

(じゃあ、わたしを運んでるのは)

「目が覚めたか。娘」

 恐る恐る上げた顔の真向かいに、また狼の鼻があった。

「あなた…!」
「悲鳴よりは進歩したな。さすがに乳飲み子とは違うらしい」

 黄色の狼男は落ち着いて言うと、暗い通路を進んでいく。

「これ、現実ですか? どこに向かってるの」
「一つ目の質問は、そうだ。二つ目の質問は、お前の学校の地下にある聖石のところだ」
「学校の地下?」

 何言ってるのこの人。ていうかわたし、なんていう夢見てるのよ。

「覚めて覚めて覚めて」
「静かにしろ。お前の母は、嫁入り前の娘にどう教えているのだ」
「――」

 蜜柑は言われて、少なくとも状況が異常であると言うことと、だが相手には会話する気があり、言葉も通じるということだけを把握した。

「わたしのこと食べるんですか」
「人の話を聞くがよい。ここはお前の学校だ」

 蜜柑はだんだんと呼吸を整えると、ずっと抱えられていた脇腹に痛みを覚えた。

「…お、下ろしてください――逃げませんから」

 狼男はすんなりと蜜柑を地面に下ろした。

「ではついてこい」

 そのまま、前を歩いて行く。
 蜜柑の現状把握は相変わらず混乱していたが、とりあえずついて行くしかなさそうであった。

 黒い廊下は、だんだんとなめらかな透明感のある材質へと変わっていく。二つ分の足音は、砂利を踏んでいたような音から、高い、ガラスを踏んでいるような音に変わってあたりに響いた。

「地質が結晶化している――間違いない」

 狼男の手は、予想したごとくに毛皮と爪をはやした物だったが、その手つきは人間そのもので、その瞳には、年老いた者特有の優しい輝きさえ認められた。

「……」

 蜜柑は、今の今まで忘れていた鞄を背中から外すと、手を入れて携帯を取り出した。起動すると、圏外である。日付は記憶と変わらず、時刻は五時三七分。

(じゃあ本当に。)

 この日午後に起こったことは、すべて本当だったのか。
 蜜柑は裏切られたような気分になった。信じられないほど最悪なことの連続で最後にこの狼男が現れたとき、やはり夢なんだとどこかで思えていたのに。狼男自身が、これを現実だという。

(じゃあやっぱりここは、悪夢の続きじゃないか。)

「早く来い」

 蜜柑はうなだれた顔を上げると、携帯をしまい直した鞄を背負い、とぼとぼと狼男に近づいた。
 悄然とした少女を訝しみながら、狼男は先を急いだ。

 やがて左手の壁が床部分から切れ上がり始め、洞窟の最下層が現れ始めた。
 それは、ドーム状の天井を持ち、青白く光る水面を湛えた湖だった。
 天井から一筋、赤く輝くあの糸が垂れて、水面に届く手前で止まっている。糸に伝った光る液体がぽとりと湖面にはじけた瞬間に、

 ――ぴっちゃん、ころころ…

 何面にも反響する琴の音が辺りを満たした。

「面白い趣向だ」

 狼男は呟くと、突然体を縮めていって、獣の姿に戻った。
 コートが、ぱさりと地面に落ちる。

 意外と小さく、犬であれば中型犬の部類に入るだろう。
 蜜柑が目をまるくしている前で、ふと気づいたように、そのまま足下に寄ってくる。

「怪我をしている手を見せろ」
「は、はい」

 しゃべる犬に命令されるがまま、蜜柑は跪いて、右手を差し出した。
 その手の匂いをかいで、それからぺろぺろと嘗めてくる様子は、まったく犬そのものである。だが、嘗め終わった後、そこに残っていたはずの歯形は跡形もなく消えていた。

「…!」

 犬はどこか満足げに頷くと、

「そこにいろ」

 四つ足で、湖の中に飛び込んで、潜ってしまう。

「え…あの」

 いう間に黄色いしっぽの先は、水の中に隠れてしまった。
 あたりは静寂に包まれた。
 発光する湖と、傷が消えた自らの手を見比べながら、しばらく蜜柑はぼうっとした。
 そうして、二分はたっただろうか。

(まさか、溺れた?)   

「い、犬さん」

 そろりと湖面をのぞき込むと、その脇二メートルほど離れた岸に、犬は上がってきた。

「――」

 蜜柑はそのずぶ濡れの姿を見ると、咄嗟に思いついて鞄を盾にした。案の定、犬は一瞬たわしのように毛を逆立てながら、体を震わせた。

「犬ではない」

 蜜柑は、べたべたに濡れた鞄の奥から顔を出しながら返事をした。

「はあ」

 犬は、口に貝殻ほどのサイズの小さな石をくわえていたが、それをぽとりと地面に落とす。不思議な、暖かさと光を放つ白の石。

「フライアだ」
「え?」

 鞄を背負い直した蜜柑は、目の前の犬を見つめた。背中だけ起こしている姿勢なので、丁度正面から見つめ合う姿勢になる。

「娘――名は」

 犬と話してる――と思いながら、蜜柑は答える。

「蜜柑…です」

 犬は少し考えるような顔をした後、口を開いた。

「東方の冬の果実だな。新年の吉祥になるという」
「あ――」

 その、言葉は。

「蜜柑、木の苗を買ったことはあるか」
「小学校の…卒業式でもらったことがあります」
「根はどうなっていた」
「根っこ、ですか? 土の入った袋で覆われてましたけど」

「その土と袋になってもらう」

 犬は、その瞬間狼男に戻っていた。
 狼男は、二メートル近い上背を持って、蜜柑に覆い被さるようにした。 それからリボンをむしり取り、ボタンを引きちぎるようにブラウスの前を開く。

「――」

 完全に警戒心を失っていた。
 突然のことに、蜜柑は相手を呆然と見つめるだけで、声が出ない。
 狼男は口元で何かを呟くと、左手を蜜柑の胸の中心に当てた。途端、焼きごてを当てられたかのような熱が与えられる。叫ぼうとするが、また手で口をふさがれて声が出せない。
 やがて熱が引くと、火傷こそないものの、胸元には入れ墨のような奇妙な模様が浮き上がっていた。男は左手で蜜柑の首元を抑えたまま、右手で先ほどの白い石をつまみ上げる。

「すまんな。眠る石であれば良かったのだが、これは生きている。このままでは持ち運べないのだ」

 石がその模様の中心に、溶けるように埋め込まれるのを見て、蜜柑は気を失った。

「許したまえ」

 狼男は腕の中の少女を見つめて呟いた。