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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 下(1/4)

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燃える家


 
 蜜柑は逃げた。

 自分の城。
 黄金の宮殿。
 だれも追って来れず、自分さえ自分を追ってこられない本の世界――図書館へ。

「…はっ、はっ――」

 狂ったように階段を上がり抜いて、ゲートにIDを当てた瞬間、蜜柑は床に崩れ落ちていた。

「ちょっと、あなた大丈夫?」

 司書である教員が、近寄って声を掛ける。司書は歩行に難があるらしく、片手にクラッチをついている。

「――だいじょうぶです」

 ここまでくれば。
 蜜柑は乱れた髪の奥からにやりと笑ってみせると、司書は眉根を寄せたが、結局「まあいいわ」と踵を返した。 

「……」

 蜜柑は呼吸を整えて、改めて図書館を見渡した。
 一階は人が多かった。階段を一つ上がって、二階に上がる。

(さあ、旅に出よう。)

  *
  
 背の高い本棚の間を歩むとき、それぞれの本の背表紙の内側から、風が吹いてくるように感じる。
 まるで、本の一つ一つが光を発している様に見える。どれ一つとして同じ色は無く、その全てが美しく。それでいて、どこまでも続いて行く――

 図書館は、円形を成している。
 その形に添って、本棚の森は循環している。
 いつもは壁が途中で現れ打ち切られる蜜柑の白昼夢遊はいま、どこまでも終わることが無かった。
 多層構造の円環の中で、時折道を一本ずらしても、本の通路は終わらない。

 蜜柑は時折駆け出しそうになりながら、またときどき立ち止まって一つ一つの品をあらためては、いつまでも光の宝物宮の中に迷い、遊んでいた。

 ――ぴんぽんぱんぽーん――

 スピーカーから鉄琴の音がしても、気づかない。

「学園図書館からのお知らせです。本日の午後五時から、新入生向けガイダンス補講をおこないます……」

 ――ぴんぽんぱんぽーん――

「…お知らせです…閉館時間は、午後六時となっています。貸出手続には余裕を持って…」

 気づかないふりをして、本当に聞こえていない。

 ――…ぽんぱんぽーん――

「学園理事……知らせ……、市の中心エリアに、……治安注意報が………勧告…」

 蜜柑は『仏教故事』を開いた。

 大なる屋敷の内に遊びにうち興じる三人のこどもあり。屋敷火事なりと親叫べども、真に受けず。

 ――…んぱんぽーん。――

「まだ学園に………、生徒は速やかに…」

 こちらの方が楽し。何ぞ外に出る必要やあらん。
 外は悪し。
 外は怖し。

  *

 防災ベルの音がけたたましく書架を揺らした時、蜜柑は初めて自分を取り戻した。
 慌てて接続されたのか、ブツリ、という音の後に、ボリュームを突然上げた時に鳴る高音が響き渡る。
 それが収まった後、

「警察当局より、テロ容疑者と思しき人物が、この付近に潜伏した可能性が高いとの連絡がありました。まだ学園内に残っている生徒は、至急本棟入口に集合しなさい!」

 大人の女性の、殆ど叫ぶような声が館内に響き渡った。

(この声、学園長…?)

 へえ、そうなのか。なのに学園長まだ居るんだ。すごいな――って。

「うそ」

 本を両手で開いたまま慌てて周りを見渡すが、同じフロアに人は居ないようだった。
 瞬間蜜柑の脳裏に浮かんだのは、テレビ画面の向こう側にいる自分だった。
 ヘリコプターが上空を旋回しつつ、校舎を遠巻きに映す、そんな光景。
 校門にパトカーが集まって、それを背景にリポーターが読み上げる。構内に残っている大甘蜜柑さん(15)は――なんて。テロップ付きで。

「ちょっと、そこに誰かいるの?」

 どこかで聞いたような声がして、誰かが走って来る。
 本棚の陰から現れたのは、意外なことに、三石だった。

「大甘さん…」
「三石さん…」

 三石は驚いたのか、一瞬止まっていたが、直ぐに後方を振り返って叫ぶ。

「先生! いました! まだ一人ここにいます!」

  *
 
 ふざけんじゃねえよ――。
 というのが、三石の内心だった。

 下校命令の放送された時の、生徒会長の行動に対してである。

「先生たちは受け持った部活の部員を下校させたり、より遠い施設に呼びかけに行っている。ぼくらはせめて本棟付近を見回ってから下校しよう」

 生徒会に入った時から”扱いづらい”会長だと思っていたが、まさかの馬鹿正直&糞真面目。
 社会に出たら絶対に成功できないタイプ。
 外見も三枚目で背も低いし雰囲気も貧乏くさい。
 目を合わせるのも損でしかない男子だった。

「一年はもう避難してくれ」

 なのにその言葉に対して反射的に、

「わたしも見回ります!」

 と応じてしまったのは、その善人面が癪だったからだ。

 役員たちは理研棟や、各クラスやトイレまでいちいち声かけして回るつもりらしいが、やってられない。
 本棟内といっても図書館もある。図書館には司書がいるから、誰もいないか聞いて、すぐにエレベーターで降りてしまえばいいのだ。
 まともな教員なら、直ぐに帰れと言ってくれるだろう。

 だから責任者が、杖を突かなければあるけない■っこだなんて、全くあり得なかった。

「助かったわ。申し訳ないけど、上を見て来てくれる?」

 言われた瞬間、目の前の大人を殴りたくなった。
 そして、防災ベルまでが鳴りだしてもう帰ろうと決めた時、目の前に大甘蜜柑が現れたのだ。
 鞄を背負ったまま座りもせずに、本棚の前で読書に耽っていたらしいその姿は、わずかな生理的嫌悪を三石に呼び起こす。

 なにやってんだよ! グズが――

 言葉を必死でこらえる。
 が、すぐに考えが変わった。
 実の報告によれば、もう月待日向は下校しているはずだ。
 日向のイメージを下げ、蜜柑を組み入れるチャンスだった。

 屋上の時は、僅かに仄めかしただけでショック状態に陥ってしまい、こちらの言う事も十分に理解してはいなかったように思う。
 いったいどんな目に遭ったのかと興味をそそられたが…どう転がすにしても、まずは〈信用〉という首輪をつなぐことからだ。

(クラス委員で親友なのに、いざという時にはいないんだもんね――。ううん。責めてないよ。私は生徒会の仕事で、たまたま残ってただけだもん。その場に居合わせたらさ、何かするのが普通じゃない?)

 まあ、悪くなくない?

 もう会社の車が校門まで来てる。
 このデジタルタトゥー持ちの下流カーストをウサギ小屋まで送ってやろうよ。
 三石は思いつきに満足し、天使の微笑みを浮かべた。

「先生! いました! まだ一人ここにいます!」

  *

 叫んですぐに、階下から返事が来た。

「ありがとう! 戻ってきて!」
「はい!」

 三石は数歩走り出したが、蜜柑が追ってこないので振り向いた。

「大甘さん」
「あ…」

 蜜柑は戸惑った。
 三石があのことを知っていると言った時、何か良くないことに利用されるのではないかと、心の中では疑い続けていた。
 だがこのような時にも助けてくれるということは、彼女も彼女なりの善意で動いているのだろうか?
 
 常におろしたての様な、でも身体のラインにフィットした服。高いことが一目でわかる小物。モデルの様に毛先まで整って、程よく膨らみカールした髪型。