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先輩

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第3章 夢の始まり 悪夢の始まり



   1

桃瀬林檎は、私にとって――いや、彼女と関わる全ての人々にとって、未知なる人物だ。
 ……宇宙人なのかもしれない。もし本当にそうだったとしても、そこまで驚きはしないだろう。「やっぱりそうだったのか」と納得してしまうかもしれない。
 前にも言ったように、私とリンは小学校からの付き合いだ。だから知り合って今年で8年目になる。それだけ長く付き合っていれば相手の考えや思っていることが、ある程度分かってくるようになるはずだ。瞬きの回数が増えると泣きそうだ、とか、一言言うたびに笑う時は、何か悩みを隠してる、とか。……これは自覚している私自身の癖なのだが。
 しかし、リンは全く分からない。何一つ分からないのだ。
 癖を見つけることもあるが、一週間すると、その癖がなくなっていたり変わっていたりする。長年一緒にいる私が未だに分からないのだから、他の人になんて分かるはずがない。
 そんな彼女を唯一理解出来る人といえば、リンの両親ぐらいだろう。……といっても、リンのお母さんもリンに次いでかなり不思議な人なので、結局リンという人物を完全に理解するのは、彼女の家族以外には誰であっても不可能なことなのだ。
 彼女の担任を任せられる先生はさぞかし困ってしまうだろう。この子の将来は――という以前に、この子をどうすればいいのか――その時点でかなりの難題になる。
 そういえば、授業中にリンは滅多に指されない気がする。何を言うかわからないからだろうか。まぁもし私が先生だったら、なるべくリンを指すのは避けるだろう。私以外の子と話している時も、よく相手は困った表情をする。会話を聞くとめちゃくちゃな話をしていることが多い。
 そして、七年間共に過ごした中でなによりすごかったのが、吹奏楽部に入部したばかりの出来事だ。新入生は、入部してまず自分のやりたい楽器を決める。学校にある楽器の数や人数が偏ったりした場合には、抽選等によって決められてしまうが、クラリネットやフルートといったメロディーを吹く機会が多い人気の楽器群と違って、低音楽器類は地味で人気がないため、ファゴットを希望した私はほぼ即決でやらしてもらえることになった。
 リンの希望する楽器はというと、なんとコントラバスだった。
 コントラバスといえば、弦楽器の中でもかなり大きな楽器で、サイズによっては全長二メートルに達するぐらい巨大な楽器だ。形状が同じヴァイオリンやチェロと比べても、その大きさは一目瞭然、弦楽器の親分のようなサイズだ。
そんな楽器を、瀬の低いリンが弾きたいと言い出したのだ。
 さすがにこの体格では無理だと先輩たちは即座に判断し、他の楽器を勧めた。それでもリンは「コントラバスじゃなきゃ絶対いや!」と言うばかりで、仕舞いには泣き出してしまった。
 やりたい楽器をやらせてもらえないから泣くなんて、子供の音楽教室じゃないんだから……と誰もが思っただろう。
 結局、必死の努力――というより単なるわがままなのだが――によって、リンはコントラバスをやらしてもらえる事になった。
 低音楽器(チューバ、ユーフォニウム、ファゴット、コントラバス等)は、パート練習の時もまとまって練習する事が多い。だからリンがコントラバスを無理やりにも選んだのは、私と同じ低音楽器だったから――という理由も少なくはないと思う。単純にコントラバスを弾きたかったという理由が半分以上を占めているとも思えるが。
 しかしコントラバスを選んだのはいいが、ここで誰もが予想したであろう問題が発生した。
 リンは体が小さく、もちろん腕の長さも短いので、左手で指板を押さえるか、弓で弦を弾くか、そのどちらか片方の動作しか出来なかったのだ。片方に集中すると左手が届かなかったり、弓を指板のかなり上の方で弾いてしまったりするのである。
 先輩たちは、これで納得して別の楽器に移ってくれると安心した。
 だが、そんな理由でリンが諦めるわけがなかった。リンはまたもや泣き喚いたのだ。どうしてもコントラバスがやりたい、と。
 ここで「私と同じ低音楽器をやりたいから」という理由は完全になくなった。
 先輩たちは流石にもう呆れて相手にしなくなってしまった。
 だからといってずっと泣かれているのも困るので、副部長が加藤先生に相談しに行ったところ、なんと、先生はリンのためだけに、一回り小さなコントラバスを買ってあげよう、と言い出したそうだ。
 何年も使われてきたボロボロの楽器を使っている先輩達からすれば、新入生が、しかもその子専用の楽器を買ってもらえるなんて、納得がいかなかったそうだ。当たり前である。どうやら後に聞いた話によると、加藤先生には小学生になったばかりの娘がいて、リンを自分の子供のように感じてしまったから、ついひいきしてしまったらしい。
 幼い事は得でもある。
 そして入部して三日ほど経った日に、遂にリン専用コントラバスは姿を現した。もう一回りか二回りサイズを下げれば、チェロにもなりそうなぐらい小さかった。それでも弦の太さは普通のサイズのものと変わらないので、リンは左手に軍手を嵌めて弦を押さえていた。それでもやっと人並みに押さえられるくらいだった。
 値段はというと――「先生と桃瀬さんのお母さんが一部負担したので秘密」とのこと。部費で落ちる額じゃなかったんだと思う。
 入部前から大騒ぎの中、リンはやっとのことでコントラバス奏者となったのだった。何故そこまでコントラバスがやりたかったのは分からないが、背の小さな子は大きな物に憧れを持っているのかもしれない。

 彼女の思考が完全に理解できる人がいたら、私はその人の弟子になって一から教わりたい。まぁ――そんな人は地球上に存在しないだろうけれど。
 その代わり、彼女は表情がすぐ顔に出るのでそれを見れば喜怒哀楽がすぐ分かる。それが唯一私にも分かる、リンの特徴だ。まぁ、それは親友である私じゃなくても、ある程度一緒に行動をすれば誰でも気付けること事なのだが……。
 リンは姉妹がいない一人っ子で、両親と三人暮らしだ。
 どんな教育をしたら、あんな不思議ちゃんになるのか、母親に聞いてみたいものだ。
 ……なんだかさっきからリンの性格をひどく言っているが、決して性格が悪いわけではない。むしろ良い方だ。
 真っ直ぐと言えるほど素直で、私のことを第一に思ってくれている。だからといって他の子にも気配りを忘れず、将来はいい奥さんになりそうな子だ。
 容姿もこのままアイドルデビューできてしまうぐらいかわいらしい。綺麗に前髪が切り揃えられたロングヘアーの髪型は、母親がいつも切ってくれているらしい。美容師になれるくらい見事だ。
 そんなリンなら、さぞかし男子に人気があるだろう、と思うが……男子と話している姿はあまり見掛けない。男子一同にとってのリンは、たとえ気になっていても、あの不思議さ故に話しかけられないのかもしれない。
 誰かに告白されたなどという話も聞いたことがないので、そもそも恋愛自体に興味がないのかもしれない、と思っていたが、そういうわけでもないようだ。
作品名:先輩 作家名:みこと