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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 上(5/5)

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円空庭園 Ⅲ



 二人のクラス委員が〈1―A〉に戻って来たのは、授業も殆ど終わりにさしかかった時だった。

「おっ、す、すまなかった」

 どうしたんだ、ともいわず細田はただ謝った。

「勿論二人とも出席にしておくぞ。アティテュードも評価だ。ありがとう。これで三限からはよりいい授業になるぞ、うん」
 良くも悪くも学究肌の教師は、そう言って二人をねぎらった。

 まだその時全員十五才だったクラスメートには、当然それで済ませる気などは起きない。
 休み時間となると、

「ねえ、なんか日向ちゃん泣いてない?」
「ほんとだ、なんか目と頬が赤い」

 などという会話が導火線となって、噂は拡がって行く。

「…もしかしてさぁ、失恋じゃない?」
「でも、祇居君の方が日向ちゃんに声かけてたって話があるよ」

 たまらなくなった幼馴染二人組が、当人の机に飛びついてくる。

「どうなんだ、ひな!」
「あたしたち、なにもいわないよ…だから言って!」
「どういうこと?! ほ、ホコリだよ。所蔵室で転んで、本がこぼれ落ちて来て」

 口裏を合わせてある言いわけを並べ立てるが、一度火のついた空気は簡単に冷めない。

「月待のリボンと、髪…、なんだか教室出てく時より乱れてね?」

「おま、それって、え、AとかBとか…? ハフッ、ハフッ」

「チッ、チッ。甘いぞお前ら。俺は、月待のスカートのし、尻や、背中に…、ホコリを払った跡があるのを見つけたぜ…! ハァッ、ハァッ……!」
「ばかな…! だが、水凪のズボンのひざ下にも、同じようなホコリを払った跡が…? ゼーッ、ゼーッ!」
「まさか…! だれも来ない授業中、図書館の倉庫の暗がりで…! ゴフッ、ゲハァ!」
「くっ……、水凪め! 武士の風上にも置けない奴だ…!」
「殿中でござる!」
「腰の物を控えろ貴様はッ!」

 男子は、この涼しすぎる顔の同級生への、怒りをぶちまける機会に湧いた。

「わっ、なんだよおまえら」
「なんだやあらへんわ、水凪ィィィ!」

 〈失恋派〉と〈強要派〉。
 輿論は真っ二つに分かれた。

 それぞれ党派の陣頭に三石と熊崎を立てたこの論争は『図書館所蔵室の怪』として語り継がれたが、両当事者が一貫してどちらの説も否定し続けたために、真相は闇に葬られることとなった。

  *

 昼休み。いつもの中庭。
 四人は横並びで弁当を開き、なんとなくお互いに覗き合う。

「月待家、意外とレベルの高いメニューが」
「…そうでもないけど? そういうあんたはいつもパン食なのね」

 法子が胸の前で手を合わせた。

「みんなのおかず交換しない?」
「あ、いいね!」

 蜜柑も賛成し、おかずトレードが始まった。
 晶は、ベーコンエピ。法子は筑前煮。蜜柑はフルーツみつまめ。日向はサトイモのアーモンド包み揚げ。じゃんけんで勝った順に好きな供出物を自分のものにしていく。

「おお! これこれ」

 手づかみでさくっ、と口に入れた晶(一抜け)は、だが眉根を寄せた。

「火、通(ほお)ってねえ」
「ふふふ。ウチのお姉の実験台になるがいい」 
「んぐ――おま、友人になんてものを」
「見かけに騙されるあんたが悪い。ウチの料理長は、設計はち密だが実行がずさんなのさ」

 その後も、四人は和気藹々と昼休みを過ごした。
 日向はすっかり憑き物が落ちたようだった。

(良かった…。)

 蜜柑はそれを見て、心から安心した。
 今朝の状態から考えれば、祇居君が何かしてくれたのだ。やっぱりそんな人ではなかったのだ。自分の場合とは、違う。

「なに、みかんちゃん?」

 日向が、その微笑みに気付いて問いかける。

「ううん。ひなちゃんが元気になって良かったなあって」
「――」

 日向は、頬に血が上るのを感じた。
 普段どちらかと言えばクールめに装っている蜜柑は、笑うと瞳が透き通り、幼いといっていいほどあどけなく見える。

(とんでもない笑顔美人発見…!)

「祇居君のお陰だね」
「キュピーン! やはりか」

 晶が目を光らせたが、日向はスルーして弁解した。

「そ、そんなことないよ。みかんちゃんだって、昨日も一緒に帰ってくれたし、今日も一緒に学校に来てくれたし」

 慌てて言う。

「そんなの、ふつうだよ」

 空から射してくる光の下で、蜜柑はまた微笑んだ。
 水琴窟の、予鈴が鳴った。

「さー、もどるか。のりっぺ、午後なんだっけ」
「数I。高校数学、楽しみだなあ」
「っしゃ! 寝よ」
「……ひなちゃん、どうしたの?」
「日向だけに、もう少し日光が要るんだろ」

 立てなかった。
 三人が覗き込んでくるその円い空が、あまりにまぶしくて。

「わ、わ…ひなちゃん!」
「おい! どしたひな、やっぱり強要だったのか」
「ひなちゃん?! 保健室行く?」

 頭の中が、水の溢れたスポンジみたいだ。

「だいじょうぶ」

 と、日向は片手で顔を拭いながら、もう片方の手を振った。

「なにかが、めに」
 後は言葉にならなかった。 

  *

 四人が中庭でじゃれあっているのを、三石は廊下から見ていた。

「みっちゃん、何見てんの――ああ、あのびんぼくさそうなやつらか」

 高蔵寺が手すりに肘を置きながら、薄ら笑いを浮かべて言った。

「リカ。びんぼーとかいっちゃかわいそうだよ? あの人たちだってがんばってるじゃない」
「がんばってりゃびんぼーにならねーだろフツー」

 高蔵寺が鼻で笑う。
 三石は、すでに男子の間では「清楚」と噂になっている微笑みを浮かべて”それ”を見ていた。
 そこへ、もう一人のクラスメートがおずおずと近づいてくる。二人と同じ中学の、木ノ下実(みのり)だった。

「あ、実。おかえり。ごめんねー。へんなこと頼んじゃって。ご飯食べた?」
「ま、まだ…」

 高蔵寺が手すりのパイプを叩いた。木ノ下はびくりと目を閉じ、身を縮める。

「マジレスしてんじゃねーよ。あいさつだろーが。報告がさきだろ?」
「りーか。ちがうよ? わたし実のことはほんとに心配してるもん。実は知ってるよね。でも、わたしたちの祇居君に変な虫がついたら実だっていやだよね? それで、あの子たちの中学に知り合いがいるって言うから、聴いてきてもらっただけだよ。こんなに時間かかるなんて、思わなかったけど」
「グズ。つかえねえ」
「ご、ごめ」
「あっ、ジャン・ルパティエがあるの。あとでご飯と一緒に食べて、ね?」

 それでさ、と三石は一呼吸おいて、それまで細めていた目を見開きながら、下から木ノ下を覗きこんだ。

「わかったこと、云って? 一分で」