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神様にお願いした通りの人生よ

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『神様にお願いした通りの人生よ』 

ナオミはタカシに真剣なまなざしを向けた。
「私、どうしたらのよいのか、分からないの?」
「何が?」
 二人の男に同時に結婚を申し込まれ、悩み続けていることを告白した。その一人というのがタカシだった。もっとも、そのときは自分が申し込んだ人間の一人であることを忘れていたが。
「ねえ、どうすればいいの?」
ナオミは、何一つ自分では満足に決められない、かわいいだけが取り柄の女である。ぽっちゃりしていて笑みがかわいい。胸も豊かだ。男の前では甘ったるい声で子猫のように振る舞う。大抵の男なら一度は声をかけてみようかという気にはなるが、賢明な男なら決して結婚などという言葉は口が滑っても言わない。なぜなら彼女は何一つ、満足に決断できない阿呆女だから。
「心配しなくともいい。人生ってのはね、神様が決めてくれるんだ。きっといい方向にね」
ナオミがミッション系の短大を出て一度はシスターを夢見たということをちゃんと覚えていて、神様と言う言葉を使ったのだ。
「私のこと、神様はちゃんと見て下さるかしら? いいえ、見ていないわ、だって、私がこんなに悩んでいるのに、何も教えてくれないもの」
演じるのがうまいのはプレイボーイだけではない。一般的には男よりも女の方がずっと演じることに長けていることを多くの男たちは知らない。純朴そうでかわいいナオミのことをプレイボーイは『僕の汚れなき天使』と呼んだが、天使というのは決して演じたりしないものである。この点でも彼は大きく見誤っていた。
「大丈夫だよ、僕がついているから」
 何の深い意味のない、単なる軽はずみから出た言葉であるが、格好つけすぎなのである。それがしっぺ返しを食らうとはしらずに。
「信じていい」とナオミは訴えるようなまなざしを向けた。
彼は目をきょとんした。
「実をいうとずっとあなたに決めていたの。でも、あなたが今一つ分からなくて…ごめんなさい。でも、やっと分かったの。あなたが本当は心優しい人だって。結婚の申し込みを受けるわ。ああ、やっぱり、神様はいらっしゃるのね」
「この俺が結婚を申し込んだ?」
「人はタカシのことをプレイボーイとかいうけど、本当は少年のように純粋で恥ずかしがり屋だよね。今年の七夕の日よ、みんなで飲み会をしたとき、あなたは言ったわ。”君みたいなかわいい女と結婚したい”と。その日からずっと悩んでいた」
 タカシは思い出した。あれは、隣にいた別の女につもりだった。どう間違えたのか、それがナオミに聞こえたのであろう。まあ、いいさ、後で誤解を解けばいいと思った。ここでも大きな間違いをおかしていた。彼女は電光石火のごとく結婚の段取りを決めてしまい、どうしょうもない状況にタカシを追い込んでしまったのである。
「結婚するらしいじゃないか、このプレイボーイ。年貢の納め時と観念したか」と直属の上司に言われたときには、目の前が真っ白になり、思わずよろけてしまった。
「お前は知っているかどうかは分からないが、彼女は俺の知人の娘だ。大事にしろ」
 タカシには結婚に関して夢があった。朝、目をさます。すると、美しくて献身的な妻が夫よりも起きて朝食の支度をしている。その後ろ姿が目に映る。彼は欲情を感じ、布団をけっ飛ばしその小さなお尻にしゃぶりつく。「だめよ、朝から」と恥じらいながれも決して拒まない。そんな夢を描いていた。もっともずっと先のことと考えていた。それがどうだろう。まさか、こんなにも早く結婚する羽目に陥るなんて…。

現実の新婚生活は理想と大きく違っていた。朝起きると、ナオミはまだ布団の中。け飛ばしても起きない。仕方なしに昨日の残り味噌汁を温めていると、ナオミが「ねえ、めざしも焼いて」と叫ぶ。振り向くと布団からはみ出た山のような尻がある。結婚して一年も経たないのに、専業主婦が楽なせいか五キロも太った。それがもろに尻や腹にきている。さすがに頭にきたタカシは「いつまで寝ているんだ」と怒鳴りに行くと、「ねえ、昨日は何もなかったでしょう…だから、お願い」と抱きついてきた。
「私、幸せ、神様のお願いした通りの人生よ」と彼女は呟いた。
タカシは深いため息つくと同時に言葉にこそしなかったが、心の中で叫んだ『どこがシスターに憧れていただと。この嘘つき女め。お前は本能だけで生きているケダモノだ。何が神様だ。いっぱい食わせやがって!』と呪文のように心の中で罵ったものの、ナオミは快い眠りの中にいる。