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猫の嫉妬

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『猫の嫉妬』

ずば抜けた美男子のハルキは、スポーツマンで血筋も良い。何よりも明るい性格だ。そのせいか、絶えず女たちが寄ってくる。
彼は美しいものをこよなく愛する。女、美術、美しい白い猫のキャビー。キャビーは最初、母親が飼っていたが、なぜかハルキに懐いてしまい、いつの間にか彼の部屋に居座っている。

 今から三年前の春である。二十七歳になったハルキが独立して、海の見える街の一等地の一軒家を借りて住むことを決めた。その際、母親が忠告した。
「猫は女みたいに嫉妬深いのよ。部屋に女を入れるときは気をつけなさい。キャビーはメスだから、女たちに敵意を向けるわよ。間違っても、女を泊めたらだめよ。朝起きたら、キャビーが爪で引っ掻いた跡が残っているかもよ」
猫好きの友人にその話をしたら笑った。
「猫は人が思っているほど単純じゃない。分かることは一つ気まぐれだということだ」
確かにキャビーは気まぐれで、それにわがままだ。まるで女のように。すり寄ったり、尻尾を向けたりする。が、すぐに飽きて、窓のわずかな隙間にチョコンと座り、ずっと外を眺める。人が入ってくると、振り向き、人を小馬鹿にしたような顔で眺める。それにも飽きると、家を飛び出し散歩する。

 ハルキの周りには、美しい女は常に二、三人いる。みな等しく愛するが、同時に等しく深入りしない。
女たちは競って、彼の気を引くために美術品の贈り物をしている。ただし、ハルキは五十万以下の安物には目をくれない。そのため、彼に付き合える女性は裕福な家庭の子女か、それとも自分自身がたくさんの金を稼いでいるかのいずれかである。もっとも、その前に美人でなければならないが。

雨の降る夜のことである。春雷も鳴り、土砂降りなっていた、午前零時頃である。電車に乗り遅れたといって、突然、医者の娘アケミがやって来た。ずぶ濡れである。無碍に追い返すわけにいかず、泊めることにした。その夜、いつものようにキャビーが彼のベッドに来た。アケミが彼の隣で寝ようとすると、怒るような声を発した。アケミが撫ぜようとしたら、キャビーは引っ掻いた。
「痛い」
「この子、メス?」とアケミが言った。
「そうだよ」
「この子をとるか、私をとるか、どっちかにしてよ」
「おい、猫に嫉妬しているのか?」
 アケミはさほどの美人ではないが、細い体をしていて、そのうえ感度もいい。誰よりも独占欲が強いが、そこがまたかわいいと思っている。
「隣の部屋にでも、やってよ」
彼は仕方なしに居間にやった。しばらく鳴いたが、やがて止んだ。
雨の勢いは衰えない。春雷も時折する。雷が落ちるたびに、アケミは「怖いわ」と言って抱きつく。
やがて春雷が収まった。すると、アケミの方から求めてきた。ハルキは断らず素直に応じた。

夜が明けた。
アケミは、ハルキの耳元で「帰る」と言って出て行った。
それからしばらく経って、ハルキが起きた。部屋に微かに彼女の香水の匂いがした。その匂いが嫌で、窓を開けると、すがすがしい空気とともに朝日が飛び込んできた。空は昨日の雨がまるで嘘のように晴れている。
隣の書斎に入ると、窓が開いており、さらに大きな皿が床に落ちていた。皿はアケミからのプレゼントだった。窓辺には、キャビーがいる。まさかキャビーがアケミとのことを恨んで落とし割ったのかと想像してみたが、すぐにばかばかしいと思い、ハルキは一人大笑いし、キャビーを抱き寄せて撫ぜた。
「お前が悪さをしたのか?」と聞くと、
「ミャー」と許しを乞うような甘い声を発した。
「お前が悪いんじゃないよな。俺も、この皿が嫌いだった」
昨夜、アケミの誘いに乗って関係を結んだものの、前からそろそろ別れたいと思っていたのである。肉食獣を思わせるような、アケミの貪欲さに辟易していた。そのうえ最近、遠回しに結婚話もする。あんに「結婚してよ」と言わんばかりに。それが嫌で別れようと思っていたのである。そんな心の中をキャビーが察して、背中を押してくれたのだろうか。皿を割り、「さっさと別れなさい」と。
思い立ったら吉日、直ぐにアケミに電話した。
「どうしたの?」
「別れたいと思って」
「電話で別れ話をするの?」
「その方が簡単に済む」
アケミは怒りのあまり電話を一方的に切った。ハルキは、自分のことは棚に上げ、何て無礼な女だと思った。キャビーが寄ってきた。
「やっぱり思ったどおり、別れてよかったよ」とキャビーの頭を撫ぜた。

その話を、久しぶりに訪ねてきた母親にした。
「皿を割ったのは、キャビーの嫉妬よ。キャビーは気まぐれに生きるバカ猫よ。アキミさんの方がはるかに良いのに。別れた? 何てもったいないことをするのよ。あんな良い女はいないわよ。資産がどれくらいあると思っているのよ」
そのときである。いつものように窓際で立っているキャビーが振り向き、小馬鹿にしたように、母親を見て、「嫉妬なんかするもんですか」と言いたげに“ニャー”と鳴いたのは。
作品名:猫の嫉妬 作家名:楡井英夫