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ほんとうの日記

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自炊も初めてだったわたしは、近所の商店街を見てまわって、東京の品物の値段をチェックして歩いた。初めはたいしたものは作れなかったけど、健康管理のために、ちゃんと野菜を毎日の献立に入れるようにしたり、買ってきた魚を料理の本を見ながらさばいてみたり、だんだんと自分で料理する事が楽しくなってきて、毎日のように学校帰りに商店街に立ち寄るようになると、お店の人に顔を覚えてもらえるようになった。スーパーのおばちゃんに煮物のおいしい作り方を教えてもらったり、八百屋のおじちゃんに形の悪い野菜を安く分けてもらったりもした。お店の人たちはみんなやさしくて、アジも知らなかったバカなわたしをいつもかわいがってくれた。八百屋のおばちゃんは、田舎から出てきたばっかりのわたしに、「もしなんか困った事があったらさ、なんでも聞いてね。おばちゃんいつでも暇だから。」って言ってくれた。わたしが「いつもありがとうね、おばちゃん。」って言って涙ぐむと、わたしの肩をバーンと叩いて、「バカねえ、あんたー。」と大きな声で言ったおばちゃんも、少しもらい泣きしていた。
夕方の商店街を歩くのが好きだった。日が暮れていくにつれて、あわい色に染まっていくお店たちをきれいだと思った。今夜の夕飯の買い物をする奥さんたち、童謡を歌いながら子供の手を引いて帰っていくお母さん、買い物のカートを寄りかかるように押しながら、とてもゆっくり進むおばあさん。みんな自分の家に、しあわせな家庭に帰っていく。夕方の商店街には、そんな幸福な人たちからこぼれ落ちたしあわせの粒がたくさん落ちているみたいで、わたしは暗くなるまでその街をうろうろしていた。

半年も経たずに一冊の日記が終わり、次の日記用に買って置いたおしゃれなノートの白いページを開いた時、とてもうれしかった。前のノートもかわいくて好きだったけど、これからはもうちょっと大人っぽくって思って、使うのを楽しみにしていたやつだった。
初めて日記を一冊つけきった。昨日まで毎日使っていたノートはなんだかいとおしかったけど、そのノートの一冊分、大人になった気がした。
書きたい事はたくさんあった。新しい街、新しい生活、新しい友達、すべてが新しかった。その新しい環境に徐々に馴れていく自分を頼もしく思った。
東京の子たちとも付き合うようになってきて、今まで狭かったわたしの世界が広がってきていた。思いきってサークルに入ってよかった。新しい事が苦手で、新学期の教室のドアを開けるのにもいちいち緊張していたわたしが、自分から外に出て行けるようになったのは彼のおかげもあったのかもしれない。たとえ彼がわたしの側にいない時でも、人気者の彼がわたしのことを知っていて、わたしも彼を知ってて、もしかしたら、ちょっとだけわたしのほうがみんなより親しいかもしれないって思うと、なんだか勇気が出てきた。
人前でしゃべったりすることが得意じゃなくて、大学でも友達が出来るか心配だったわたしは、男の子と二人っきりになんかなると、緊張して何にも言えなくなっちゃう位だった。そんなわたしも、彼のおかげで社交的になれた。彼の中に、わたしの居場所があるような気がして、安心できた。
彼は、わたしに自信を与えてくれた。

3年になって彼が部長になり、わたしが副部長になると、サークルのことで彼と接する機会が増えた。たまに二人で会ったり、飲みに行くこともあったりして、前より急に、彼との距離が近くなった。
ある日、サークルの打ち合わせに二人でお茶しに行くと、サークル内の恋愛の話から彼の彼女の話になった。彼女さんは大学での彼の女関係を疑っているようだった。「アイツ最近俺のことアヤシイとか言ってんだよ。わけわかんねーこと言って、最近拒むしよ。俺の行動とかイチイチ聞いてくんだよ。」彼の彼女さんの話は前からちょっとは聞いていたけど、そんなつっこんだ話まで聞くのは初めてだった。彼の彼女さんはもう働いてるみたいで、写メの感じでは年齢より幼く見える彼とは正反対な、大人な女、お姉さんタイプに見えたけど、彼の話では、意外とそうでもないみたいだった。

彼と二人きりで会う時、わたしは最初、彼女さんのことがいつも気になっていた。わたしと会ってることを彼女さんが知ったらって、別に浮気してるわけじゃないのに、友達同士で会ってるだけなのに、なんかわたしが彼女さんの彼との時間を取っちゃってるみたいで、罪悪感っていうか、うしろめたい感じがしていた。だから、せめてわたしが彼に彼女さんのことを話させていると、少し気が楽になった。彼に、彼女さんて今日、わたしと会ってること知ってるのって聞いたら、「女友達と会うとは言ってない。」だって。そんなこと言われると余計気になっちゃって、せめて彼女さんの話をしていれば、あなたのこと話してますよ、わたしだけはちゃんと気にしてますよ、って、もし突然後ろに彼女さんが現れても、なんとか言い訳出来るように、わたしは彼に、彼女さんとの馴れ初めとか、いろいろ聞いていた。
そんなわたしの質問をいつも嫌そうにしているくせに、たまに彼のほうから彼女さんのグチが出るときがあった。彼の話す彼女さんは、独占欲が強い感じだった。彼は彼女さんの気持ちを「重い」と感じているようだった。恋愛経験の浅いわたしにはちょっとレベルの高い話だったけど、でも彼にはそういう、女の子の気持ちとか、恋愛のちょっと深い話とか、相談する人がいないんだなって思った。わたしだと、他の子より、相談しやすいと思ってくれて、どんな事話しても、他の女の子とかだとすぐ噂が広まっちゃうんだろうけど、わたしならって思ってくれて、信頼してくれてるんだって思って、素直にうれしかった。彼女さんのグチを聞くのが、ちょっとうれしかった。

彼のことはいつも日記に書いていたけど、その中で「好き」とかって言ったことは一度もなかった。彼には彼女がいるし、だから当たり前に彼のこと、好きになっちゃいけないし、でも、彼はわたしのこと、少なくとも、キライじゃないと思う。だって、嫌だったら誘わないと思うし、なんて、そんなこと考え出すと、なんか深刻になっちゃいそうで、せっかく東京にも大学にも馴れて、昔より前向きになったわたしなのに、たとえ日記の中ででも、彼のこと、「好き」って言っちゃうと、その言葉だけが、どんどん日記の中で一人歩きしていってしまう気がして、書かなかった。この日記にはただ、楽しいことだけを書いておきたかった。

ゼミの女友達から、彼に告白したい、彼に彼女がいるのか聞いて欲しいと頼まれた時、わたしは彼と、たまにHする関係になっていた。サークルとは関係なく二人きりで何度も飲みに行くうちに、彼は次第に彼女さんの話をしなくなり、わたしからも聞かなくなり、酔ってカラオケボックスでキスをしたのが最初だった。いきなりだったからちょっとアセったけど、イヤじゃなかったし、そんな雰囲気になってきてたのもわかっていた。始めわたしはかなり気にしたけど、彼は彼なりに気を使ってくれていて、ホテルの部屋に入ってから彼の携帯が鳴っても、いつもシカトしてくれた。出ないの、って言うと彼は、「ほっとけよ」って言って、ごまかすようにわたしにキスをした。そのキスが後ろめたいわたしは、日記に言い訳をはじめた。
作品名:ほんとうの日記 作家名:MF