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長谷川廣秀
長谷川廣秀
novelistID. 52288
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寄り添った影

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彼女と出会ったのは、数か月前に同じ化学課の友人に誘われ、フェアトレードのイベントに参加した時だった。フェアアトレードとは、途上国の生産者の商品をその労働力に見合った価格で輸入、販売をする、対等な取引関係の事を言う。先物取引による市場価格の決定、価格交渉力のない生産者の弱さによって、生産者が労働対価として十分なお金をもらえてないことがあるが、それを是正しようとする運動のことだ。数か月前、フェアトレードを知ってもらおうと学生が主体となってイベントが開かれたが、その時、フェアトレードのサークルに入っている友人に手伝ってくれないかと言われて参加したイベントに彼女がいた。彼女はフェアトレードのサークルには入っていなかったが、SNSでイベントの事を知ったらしく、経済学部で経営学専攻の彼女が、そんなイベントに参加していたのは、後から思ってみれば自然な事だったのかも知れない。イベントでは僕と彼女が同じ班になって色々とやることになり、話をしてみると同じ大学に通っていると言う事が分かった。その時、LINEで連絡先を交換したが、イベントが終わった夜、家に帰って彼女にLINEを送ってみると返事が返ってきた。それ以来、彼女とはLINEでやりとりしたり、大学の学食で一緒に食事をしたり、休みの時には一緒に出かけたりするようになっている。まだ、付き合って欲しいと告白はしていないのだが、それもしなくてはいけないなと思っていた。
僕は、前の客の後ろに並び、注文が終わるのを待った。ここでは、ほぼ毎回のようにカフェオレを注文するが、今日もそれにしようかと、なんとは為しに考えていると、店の奥へと続くカウンター奥のドアが開いて、中から黒い髪をやや高めの位置にポニーテールにまとめた女性の店員が出てきた。目鼻立ちはくっきりしていてやや面長だが、全体的に丸みをおびた顔立ちは、まだ幼さを残している。背丈はそれほど高くはないが、すらりとした体型は実際の背丈よりも見た目に高く見せていた。シャツをひじの手前までまくった手でドアを閉めると、カウンター越しのこちらを見て僕と目が合った。目が合った彼女はぱっと眼を見開き、顔をほころばせる。里香だ。里香は僕の方を見た後、コーヒーメーカーの前に移動し、そして、カップを台の下から取り出したりし始めた。そうして、僕の順番が来た。
注文が終わると、僕はカウンターの受け取りの前に移動する。注文の時に、里香とは別の女性の店員にいらっしゃいと挨拶された。僕はあまり話した事がないのだが、里香の話によると彼女は僕とは違う大学の4年生で、今年は就職活動で忙しいらしかった。確か、マスコミ志望だったはずだ。彼女から、指示を受けた里香は、今、僕のカフェオレを作っている。
「はい、カフェオレ。」
出来上がったカフェオレのカップをカウンターに置いた里香は、カウンター越しの僕に声をかける。
「家庭教師の帰りなの?」
里香はにこやかに聞いてきた。
「そうだよ。21:00前に終わったんだけど、レポート書こうと思ったのと君がいるから寄ったんだ。」
僕も微笑んで答えた。
「レポート?」
「そう、有機化学の実験レポート。」
「へえ、そうなんだ。難しそうだね。ここで、レポート書いていく?」
「ああ、そのつもりだよ。ここって落ち着くから。」
そう答えて、僕はカフェオレの入ったカップを手に取った。
「レポート頑張ってね。また後でね。」
里香はそう返事をして僕に後ろを向けた。忙しそうに注文のレジの方に向かう。見ると、新しい客がレジの前に並んでいた。
僕は店の隅の方にある丸テーブルに座って、バックからレポート用紙と有機化学実験のテキスト、筆記用具を取り出して書きだした。時々、カフェオレを飲みながら店の中を見回したが、僕の座っている隣の長テーブルでは本を開いてノートに何かを書き込んでいる高校生の男女が一人ずつ離れて座っていて、ここからでは壁が陰になって店のカウンターは見えない。ここじゃあ、里香が見えないなと思いながら、カフェオレを啜っていると、カウンターから里香が出てきて、カウンターの受け取りの前に置かれたごみ箱の整理を始めた。僕は、里香は向かって手を振る。里香もそれに気付いてこちらを向き、まとめ終えたごみ袋を抱えながら、丸テーブルの方にやってきた。
「はかどってる?」
里香が聞いてきた。
「まあね。一度、ここで下書きしてようかと思ってさ。帰ったら、パソコンに入力する。」
「理系は、実験とかあって大変だね。私たちはその代わりにゼミがあるけど。」
「まだ、教養部だし、それも来年からだよな。」
「うん、そうだね。」
里香は、少し微笑みながら、一度、閉じたごみ袋の口を締めなおすために、下を向いた。まとめ上げた黒い髪の下からほっそりとした白い首のうなじが見えた。普段の里香は、髪をおろしているが、ポニーテールの里香を見るのはここのアルバイトの時だけだ。ここのバイトをやる時は、髪をまとめて上げておくことが店の決まりらしい。
「実験ってどんな事やったの?」
作業を終えた里香が聞いてくる。僕はそれに答える。
「今は、新しい化合物の合成だね。幾つかの化合物を組み合わせて、新しい化合物を作る…。」
「理系の人ってすごいな。慎一、ほんとに化学者みたい。それってどんな事に役に立つの?」
「例えば、有用な化学物質を作ったり、薬の合成なんかに役に立ったりするよね。」
「変なものも作れたりもするんでしょう?」
「変なもの?」
「爆弾とか、毒ガスとか。」
里香は冗談でも話しているような口ぶりで聞きながら、目線は下から僕を見上げた。
「そりゃあ理論上は出来ると思うけど、実際にやるのは難しいし、普通はそんな事はしないよ。」
「そうだよね、普通しないよね。それに、慎一がやるなんて思わないけど。」
「そんな風に思われてたら、ちょっとむかつくかなあ。」
僕は少し、口を尖らせて答えた。そしてふと里香はなんでそんな事を聞いたのだろうかと思った。
「あははは。」里香は、手を口に当てながら少し笑っている。
「今日は、先に帰ってて。終わったあと、シフトの事で話があるみたいだから。帰ったら連絡するね。」
「そうなのか。じゃあ、今日は先に帰るよ。バイト頑張ってね。」
「うん。」
里香はまとめたごみ袋を抱えて、カウンターの方に向かっていった。
 
 22:00近くになって、僕はコーヒーショップを出た。出る時、カウンター越しの里香に手を振ると、里香もじゃあねと僕に手を振り返した。僕の家は、駅から歩いて15分ほどのところにあり、大学に登校するのに電車を使って30分ほどかかる。学生向けの一人暮らし用途ではあるが、都内にアパートを借りているため、家賃は6万円とやや割高だ。里香は実家暮らしで、僕の街から5駅離れたところに住んでいた。
家に帰りついた僕は、机の上のデスクトップパソコンの電源を入れると直ぐに風呂を沸かして入浴した。風呂から上がって涼みながらスマートフォンを見ると、LINEに里香からのメッセージが入っていた。
『お疲れ様。さっき、家についた。電話するから出て。22:45』
時計を見ると、今は23:00前だ。僕は、LINEに入力する。
『了解。風呂入ってた。22:55』
作品名:寄り添った影 作家名:長谷川廣秀