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D.o.A. ep.58~

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桃源郷の主人・ビャクダンは、湯呑を持ち上げて一啜りする。
異国の所作だった。よく見ればその顔立ちも、ロノアともアルルーナとも明らかに違う。
この店の雰囲気は、彼の祖国を模した様式なのかもしれない、と思い至る。

「ビャクダン。ライルさんから話を聞いたでしょう。一体10日前、何があったというの?」
「その前にこちらから、あなたに訊きたいんですがね」
「なにかしら」
本題に入ろうとするレリシャを遮り、ビャクダンは赤と金の目を探るように見据える。

「なぜ、さほど親しくもない人々を助けようと躍起になっているのです?逃がしてもらったから?」
それはライルとしても訊いてみたいところではあった。
彼女にとって酒場の店員たちが、身を呈してまで救わなければならぬ存在である理由はなんなのだろうか、と。
あのマスターに懸想しているから?―――などと勘繰りをしそうになって、なぜか不快になった。
しかし彼女はまっすぐビャクダンに眼差しを返し、混じりけの無い透徹さで告げる。

「彼らが苦しんでいるからよ。苦しむ者や困っている者を助けるのが人として当然のことだと、初めて出会った日にあなたから教わったわ」

むしろ何故そんな妙な問いをするのか、という顔で肩を小さくすくめた。
彼女を店に誘い入れる時、そんなことを言ったかもしれない。
しかしながら、言葉通りの意図が全く無かったとまでは言わないが、おおよそ口先の言である。
その口先が彼女に刷り込まれ、そんなに重いモノと化していたとは、とビャクダンは目を瞠る。
たとえ心から言える者であっても、当然「自分が犠牲にならない程度に」というのが大前提であろう。
しかし彼女はその時点で、自己という概念さえ希薄であったがゆえに、その言葉が存在の根源に根差してしまったのか。
揺らぎなど欠片もない瞳は、身一つであがなえる救いがあるなら、見知らぬ誰かのために心臓さえ迷わず差し出すような、いびつな危うさを体現していた。
ライルは思わず絶句し、すぐ隣にあるレリシャの横顔を、ひどく遠いもののように眺めていた。

「なにがあったの。答えて、ビャクダン」
先の問いの余韻になど歯牙にもかけずレリシャは詰め寄るが、ビャクダンは彼女ではなく、その隣に座るライルに向き直った。
目線を合わされ、こちらも襟を正して耳を傾ける。

「噂は聞き及んでいるかと思いますが、ナファディ卿という人は、少々保守的と申しますか、排他的と申しますか…まあ、そんな方なのです」
「ああ…」
「彼はああ見えて、れっきとしたアルルーナ元老院の有力右派議員でね」

酒場での恐喝は、ナファディ卿の性質を表す象徴的な出来事としてライルの中に残っていた。
平謝りする店員に、即時帰国と半殺しの二択を迫った。チンピラのような連中とつるみ、無茶苦茶な恫喝をする姿。
保守的だとか排他的だとか、そんな小難しい表現を用いずとも、彼を表す言葉などもっと俗っぽい表現がふさわしい。
あんな男が国家の行く末の決定に携われる議員であるなど、世も末である。

「彼のような議員は少数派です。少々奇妙な因習はありますが、多くは開かれた国を望み、近隣の国から移民団を受け入れる事にも大半が肯定的だった。
なぜ受け入れることになったのかは…割愛しますが、とにかく、ナファディ卿は移民を毛嫌いし、最後まで強硬に反対していた議員の一人でした」
「移民…」
「2年前、移民団受け入れが決まってからの彼は一転、自分の土地で受け入れると進み出た。
彼の領地は沿岸部に広がり、王都は砂漠に鎖されている。内陸へ立ち入らせまいとする、苦肉の策だったのでしょう」

傷を浅く留めておくために、自ら忌むものを受け入れたということか。
その後、よい待遇が待っているはずもないことは確定していた。
ふと、この目の前でぺらぺら他人事のように喋っている、明らかに外国人のビャクダンという男は、その移民ではないのだろうかと、ライルは思う。

「移民団の生活区域として、ナファディ卿は小規模だった裏通りを拡張し、そこへ彼らを押し込んだ。
無論快適なはずもないし、職業の自由はなく、見かねた自国民が手を貸そうものなら、見つけ次第、圧力をかけて解雇させた。
到着した時点では赤の他人同士だった移民団の面々は、弾圧の中で徐々に結束し、互いを“同胞”と呼び合う、労働移民組織を結成しました」

――――同胞。
それは、酒場の立て籠もり犯の要求に使われていた言葉だった。

「ナファディ卿としては、徹底的に冷遇し、あわよくば自発的な帰国を期待していた節がありますから、むしろ腹を括ったのは想定外だったかと思いますね。
彼らはナファディ卿に幾度となく不満を訴え、待遇の改善を要求した。しかし、それが門前払い以外の結果で終わったためしは、ありませんでした」
「…あいつ、実は組織の結成を心底鬱陶しいと思ってたんだな。それで、遂に大捕り物を」
「ああ、違うのですよ。逮捕された理由は、このたび帰国された王女殿下の暗殺を企てていたという容疑です」
「! 王女殿下って…あの…、昨日の昼の…」

アルルーナ王女殿下、シューレット=カイル=ラスキー=アルルーナ。
アルルーナは女王国であるために、彼女が次代の君主となるべき人物である。
ライルも遠目から演説の様子を見ただけだが、恐らく二十歳は越えない可憐な佇まいで、しかし常人とは違った風格があった。
特別な生まれを持ち、幼い頃から特別であれと躾けられ、周囲の期待通りに育った、ノーブルの権化。
暗殺などこれ以上なく不届きであり、その企みをナファディが見逃すはずもない。
事実なら十二分に自業自得と言えるが―――いったい何のためにそんなことを。

「それは嘘だわ」
「ふむ」
「事を起こしているのは検挙の手から逃れた人たちでしょう。王女はいつ王都へ帰るかわからないのだから、もし本気で暗殺するつもりなら、残った人員だけで決行するわ。
でも、王女が民衆の前に現れる最大の好機になにもしなかった。そして、ああして酒場に立て籠もって、訴えているのは同胞の解放だけ。最初からそんな企みはなかったと考える方が自然よ」
「なるほど」
「なるほど、って……あなたは」
「あなたは、どう考えます」
「へっ?…どう、って」
「なぜ、暗殺なんて企んでいないはずの人々が、捕らわれることになったのか」
正直なところ、ライルはほとんど何も考えることなく彼らのやり取りを聞いていたので、突然水を向けられて当惑した。
確かに、関わるつもりがあるなら、事件について真剣に考えてみる姿勢は必要であろう。
ライルは僅かに眉根を寄せ、悩みながら口を開く。

「ナファディ卿にとって都合の悪い企みをしていたことには違いなくて…周囲の賛同を得られないと思ったから、体面のために虚偽の容疑を捏造した…とか…?」


作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har