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弥生ピリオド、セレモニー

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卑弥呼が邪馬台国を収める以前、
魏志倭人伝にも載らない小さな村落で
天災よりも恐れられているものがあった
八つの首の竜、ヤマタノオロチである
今宵、紗奈具那という少女が、ヤマタノオロチの生け贄になる
生きた女性は神でもあった
白い丸い石でまかれた聖域に、美しく尊い処女が裸足で立っている
自分の頭から足先、いや魂からこの少女に心を奪われた自分にとって、
どうしようもないやりきれなさと、
生きているものが晒される厳かの、残忍なる感動、聖なる儀式への衷情
魂が生け贄になる静かなる興奮が支配した
儀式に倣っているのではない
儀式が尚古に従っているのだ
二対の榊の葉が、聖域が聖域であることを証明するかのように配置してある
儀式の為に酒を口にした少女の瞳は微醺を帯びている
自分から見える彼女の横顔は
容姿端麗で、白い衣を着た彼女が、今、目の前の死を、
少しも恐れない威風堂々とした様が、
いっそう私の内的世界の美を裏切らなかった
少女の犠牲へ向かう力強い歩みと、
選ばれた事の無抵抗の意志と少女の命の不確的現実を皆が傍観した
十七歳の処女をこうして傍観する事が儀式を一層本物の耽美なる
儀式とせしめるのだった
彼女の晒されるこの皆の残忍な傍観と私の違う所は
私自身が傍観者であり、また私こそが彼女と同一のものであった

私も彼女とともに死にたい

その願望は生理的に否めない素直な感情だった
死ぬことへの憧れではなく
死ぬという事実の中にいる憧れ
また死ぬというシナリオの中に自分がいるという憧れだった
私の肉と彼女の肉が同時に野獣に切り刻まれる事が私の耽美な想像であり
彼女への恋の成就にもなっていた

死を共にする事によっての少女への想いの成就
背徳と美が交錯するこの感情の中に
自分は全身全霊で陶酔した
白い衣を着た彼女が一歩一歩獣の方へ向かう
少しもぶれないその堂々たる歩みは
まるで少女を見えないシルクの糸が先導しているようにも見えた
深夜、己の刻、少女は森へと消えていった
私に肌寒い風が頬を吹き付ける
その刺激が私の中の内的世界の美を何の変哲もない心地にさせる
内的なものと外的なものはそもそも仮の世界
存在しない世界で内界と外界の行き来は
全て時間の流れこそが主体で
流れによってただ物事が変化するという言葉で片付けられた
野獣の叫び声がする
ヤマタノオロチが暴れている
その爆風とともに石が飛んできて
私の額に激突した。額から血が流れる
その時私に与えられた痛みは
同時に私の生への証拠でもあった

私は目覚めた

何かから目覚めた。自らの陶酔から、確かに私には血が流れている
プリミティヴな血、イノベーション、デザイヤー、オリジナリティー
そんなものが溢れだした

少女を助けたい少女とともに生きたい。そう切に思った
私はなりふり構わず野獣ヤマタノオロチが暴れる森の中に駈け出した
全力で走った

何か得体のしれないものを原動力に

生の意味を今、自分の呼吸と共に、額の痛みと共に、また流れる血と共に感じた
森のその中に少女は横たわっていた
近づくと手足にいくつかの傷があったが少女は生きていた
起こそうとするが意識が朦朧としている
少女が私の目をじっと見る。死を要求された仕打ちに対して
負の感情を私に突きつけるように
恨めしそうにに睨んで
私は少女を見つめる
どんな代償でも受ける覚悟を持った証を彼女に提示する様に
いつ二人が襲われるか分からない戦火の中で
時間を惜しまず見つめ合い遺骨を扱うような丁寧なやり取りで
目と目で合図を交わしが行われた
彼女の白い衣に私の額の血が滴り落ちる
私は悟った。彼女が私を信じた
「立てる?」
「うっ」
彼女は腰崩けのように、足が意のままに動かなかった
獣が叫ぶ
「立って」
「うっ、うっ」
私が彼女を救おうとした起因は
正義でもなく、仁徳でもなく、貞潔でもなく、理想でもなく、モラルでもなく、忠義でもなく、忠誠でもなく、至善ですらない、
ただ、風が頬を吹き付けたから…
私はこの可弱き処女に接吻をした
彼女の身体を包み込んだ私は
彼女の優しい胸のふくらみから生きた鼓動を感じた
死を目前にしながら、彼女の精神の回復を願った
「さあ、立って」
少女は立った。歩ける。
私は少女の手を取り走った
どこか村の外の世界に行こう
少女とともに生きていこう
寅の刻まで私達は走り続けた
夜が明けるまで走った
白い息を吐きながら二人が走る
生への道を……生への衝動を……

そう、朝靄に消えていった若い二人の行方は誰も知らない     (完)

衷情(ちゅうじょう)…苦しんでいる人の偽らない心の中。
尚古(しょうこ)…昔の文物・制度を尊ぶこと。
瞳は微醺(びくん)に帯びる…ほろ酔いに近い状態。