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荏田みつぎ
荏田みつぎ
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あの世で お仕事 4

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第4章

(一)

空は、どす黒い雲に覆われて居る。薄暗く、冷たい空気の岩陰で、南大門は、正気に帰った。
体中、痛みが走る。起き上ろうにも、手足がまったく言う事を聞いてくれない。目の動かせる範囲で、辺りの様子を覗う。辺りがシーンと静まり返って居るのが、かえって不気味である。視界の端に、かろうじて橘を捉えた。
彼女も、動けない様である。
「ターちゃん、無事か?・・・・まだ、息があるか・・・?」
南大門は、痛む体を我慢して、橘に声を掛けた。・・・返事が無い。・・・もう一度、南大門が、橘の名を呼ぶが、彼女は、返事をしない。
「ああ、わしのターちゃんは、死んでしもうたのか・・・。何という事じゃ・・・。ターちゃんは死ぬし、ノートは無くなるし・・・。まるで地獄じゃ・・。神も仏も無いのか・・・」
南大門は、途方に暮れてシクシク泣きだした。すると、
「神も仏も、この様な処へなど、お出ましになりません。此処は、人間達が、生前の罪業を清算する処ですから・・・」
と、聞き覚えのある声が話しかけた。
「六法堂!・・・」
と、南大門は、彼の名を呼んで、声のした方へ体を向けようとした。が、痛みで動く事が出来ない。
「南大門、暫くじっとしていて下さい。外傷など一切ありませんが、投げ飛ばされて落ちた時に、全身をかなり強く撃ち付けた様です。しかし、二~三日もすれば、歩ける様になる筈です。」
と、六法堂は言った。南大門は、六法堂が傍に居てくれた事でほっとしながら、
「体が痛うて堪らぬわい。あの大鬼の馬鹿力で、相当遠くまで投げ飛ばされた様じゃのう。」
と、小さな声で言った。大声を出すと体に痛みが走るのだ。六法堂は、
「はい、その様ですね。」
と応えた後、橘も、同様に打ち身がひどくて動けないと、南大門に伝えた。
「何っ? ターちゃんは、生きて居るのか?」
と、嬉しそうに尋ねる南大門に、六法堂は、
「やや表現が正確ではありませんが(此処は、冥界だから)、・・生きています。」
と答えた。

翌日、六法堂は、意識が戻った橘と、彼女の無事を知り、口数がやたら多くなった南大門を残して、何処かへ出かけた。出かける前、二人に向かって、
「少し辺りの様子を見て来ます。動き様も無いでしょうが、此処を動かない限り、危険はありません。」
と、まだ動きの取れない二人を安心させる為の言葉を残す事も忘れなかった。彼は、不安そうな眼差しの橘を気遣ったのだ。
残った二人も、身体の痛みに耐えながら、暫く互いに話をして居たが、そのうち、どちらからともなく眠りに着いた。

どれ程眠ったのであろうか。橘は、体の痛みで目が覚めた。かろうじて頭を動かせる。雲が低く、しかも、その色が、どんよりとした今にも雨を降らさんばかりのものであった所為で、辺りは薄暗い。
おまけに、眠ったり目覚めたりの繰り返しで、時間の感覚が掴めない。少し離れた処で、南大門が、口を開けて鼾を掻きながら眠って居る。
身動きが、殆ど出来ない橘から見えるのは、草一本生えて居ない岩山のみである。その岩山の壁に祠が有る。祠と云っても、雨風を凌げる訳ではない。切り立った岸壁が、ややオーバーハング状になっているだけである。其処に、彼女は、南大門と並んで横たわっている。
閻魔殿を出てから、南大門たちに出会うまでの記憶は無い。一体、どれ程の時間、砂漠を彷徨って居たのかも分からない。
彼らの話では、自分は、五百年もの間、行くあても無く、同じ場所を行き来して居たというが、俄かに信じられる話ではない。
それにしても、自分を彷徨していた場所から連れ出してくれた三人は、一体何者なのだろうと、彼女は思う。
表金剛から同行し始め、この烈河増まで、そんなに長い間一緒に過ごした訳ではないが、彼女自身も含めた他の人間たちとは、明らかに何かが違う。異常と云えるほど女好きではあるが、並外れた観察眼と集中力を持つ南大門。何時も冷静で、何処となく育ちの良さを匂わせている六法堂。そして、途中行方が分からぬままになっているやまちゅう。橘からみれば、三人とも、まるでこの地獄というものに、不安も恐怖も抱いていない様である。
特に六法堂は、あの烈灰川に飛び込み、自分たちと同じく、灼熱の流れに身を委ねた筈なのに、かすり傷一つ負って居ない。それどころか、平然と今まで同様冷静に、自分と南大門に声を掛け、今また辺りの様子を窺いに、何処かへ出掛けた。並みの人間に出来る事ではない。
・・・そう云えば、六法堂は、辺りの様子を確かめる、と言って出かけた。・・・もしかして、彼ら三人は、何かの理由で、自らこの地獄へやって来たのでは・・・?
戦国という下剋上の世の中で生まれ、それなりに社会の波を泳ぎ、極貧も、権力というものの有り難さも経験した、橘の勘が自らそういった思いを呼び起こさせたのである。
(それにしても・・・頭が、痛い・・・)
橘は、また静かに目を閉じ、眠りに着いた。

「うわ~っ!・・・なっ、なっ、なんじゃ! お前、また出て来たのか!・・」
南大門の大声に、橘は目を開けた。そして、驚いた。
彼が、叫ぶのも無理はない。二人が横たわっている目の前に、何と青鬼百二十二号が、仁王立ちで立って居たのだ。
彼に投げ飛ばされた時の記憶が戻り、二人は、顔を強張らせた。
二人は、体の痛みを忘れて、本能的に飛び起きた。しかし、逃げようにも後ろは岩壁、前には大鬼。老人や女が、逃げ切れる筈はない。
二人は、観念して目を閉じ、鬼に摘ままれて、再び投げ飛ばされる覚悟をした。
大鬼が、二人の目の前まで迫って来た。橘は、一心に念仏を唱え、怖さを堪えて居る。南大門は、やけくそになって、
「ノートを返せっ!」
とか、
「やたら大きいばかりが、能ではないぞ!」
などと喚き散らして居る。
大鬼は、笑いながらそれを眺めて居る。そして、南大門が、どの様な罵詈雑言を吐いても、一向に怒る気配が無い。
南大門は、さすがに喚き疲れて、大きな息をしながら黙ってしまった。橘の念仏だけが、小さく聞こえている。
「南大門さん。六法堂様は、何処ですか?」
南大門が静かになるのを待って居たかの様に、青鬼百二十二号は、尋ねた。烈灰川での怒気を含んだ態度とは、打って変わって物静かに尋ねる青鬼の姿に、二人は、驚いた。状況が上手く呑みこめない。青鬼百二十二号は、
「実は、あなた方の事を、私は、知って居たのです。閻魔殿から、前もって連絡があり、あなた方三人の到着を、待って居りました。六法堂様を見た時、すぐ分かりました。尤も、男三人と聞いて居たのですが・・・」
と、話した後、烈灰川での仕打ちを詫びた。南大門は、大きく息を吐きやっと落ち着いた表情になった。しかし、橘には、何の事だか分からない。彼は、閻魔殿からの事の経緯を、掻い摘んで橘に話した。そして、
「この大鬼も、閻魔さんの味方という事であろうから、もう心配は要らぬわい。」
と、言葉を結んだ。大鬼は、
「その通りです。」
と応え、
「私も、以前は、人間でした。今、此処では、青鬼百二十二号という名ですが、人間界では、滅茶脂肪弁解(めっちゃしぼう・べんかい)と呼ばれて居りました。」
と、自己紹介した。
「おお、あんたが、あの有名な弁解であったのか。どうりで大きい筈じゃわい。」