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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十六話

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 「……さん! 雄太さん!」

 まどかちゃんの呼ぶ声がする。
 ふわりと意識が浮上する感覚がして、オレは目を覚ました。


 「雄太さん! よかった……」

 まどかちゃんは涙ぐみながら、こちらを覗き込んでいる。
 そんなまどかちゃんに応えようと起き上がろうとするが、うまく身体が言うことを聞いてくれなかった。
 背中には、硬い木片の感触があって、痛い。


 とにかく解放している力を戻さないと。
 オレは、無意識にもポケットにしまっていた二本のミサンガを取り出して、結びにかかる。


 「これを結ぶの? 待ってて、わたしがやるから」

 指先の動きがおぼつかないオレに変わって、まどかちゃんが手際よく結んでくれる。

 すると、すぐに息がつけるようになった。
 おそらく、瞳も元に戻っているはずだ。

 今度こそ、力を込めて起き上がり、オレはまどかちゃんのほうを見る。
 それでもかなりの気力を要したけれど、上から見つめ続けられているのは何だか照れくさかったんだ。


 「結局、どうなった? うまくいった?」

 オレはそう言いながら辺りを見回す。
 雨の魔物の姿は無かった。
 変わりにあるのは、ぶつかって大破したのだろう、もとは空飛ぶ帆船だった木切れの残骸の山だった。


 「雄太さん。『嘘つきは悲劇のヒロインのはじまり』、なんだよ?」
 「えっ?」

 オレは思わず間抜けな声をあげてしまった。
 輪永拳の心得第二十七曲目。
 数多ある心得の中でも、何か違うようなって思える、最たるものだ。
 でも、まどかちゃんの表情は真剣そのもので、それを茶化す気にはなれなかった。


 「わたし、今、本当に生きた心地がしなかったんだよ? あのおっきな船が来ても、雄太さん全然見てなくて、逃げようともしなくてっ」

 初めは怒っていて強めだった口調が、だんだんと頼りなくなっていく。
 そこで初めて、一連の行動をまどかちゃんから見た立場で思い返し、すごく後悔した。
 いくらなんでも少しくらい説明するべきだったんじゃないかと。
 
 まあ、そんな時間もなかったんだけどさ。


 心配してくれたのはすごく嬉しかったけど。
 今にも泣いてしまいそうだったので、オレは慌てて弁解することにする。


 「ごめんっ、怖がらせたよな。でもオレ、あの船が来ることは知っていたんだ。夢で見ていたからさ。それよりも、雨の魔物にその存在をギリギリまで気付かせたくなかったんだよ。後は、まあ……船が来る直前で、思いっきり跳躍してかわしたんだ。『醒眉』の力があったからこそだけど、うまくいっただろ?」
 「うう。ひどいよ、雄太さん。わたしにも手伝わせてくれるっていったのに」
 「いや、だから、今のはまどかちゃんがいたからこそでっ」
 「嘘つきーっ」

 まどかちゃんは、怒っているような泣いているような中間の顔で、オレのことをぽてぽてと叩いてくる。
 うーむ、ひょっとして力を貸してくれって意味を、一緒に戦ってやっつける、みたいな意味にとってたんだろうか。

 いや、まさかね。
 オレがそんな益体もない事を考えていると、ふと、ぽてぽてがやんだ。


 「もう、絶対、あんなことしないでっ」

 なんと言う傲慢。
 まどかちゃんだから、許せるんだけど。
 俯き、そっと囁くようなその声は、本当に強い願いがこもっていて。

 「……分かったよ」

 君のためならどんな無茶だってって思ってはいたけど、それは今は余計なこと。
 だからオレは、そうとだけ言って、頷いたのだった……。


 それからオレは、雨の魔物はどうなったのかをまどかちゃんに聞いた。
 オレのことが気がかりで、はっきりとは見ていなかったらしいが(ちょっと嬉しい)、雨の魔物はオレと違って作戦通り船の直撃を受け、百舌のはやにえのように空に打ち上げられ(まどかちゃんがそう言ったのではなく、オレの解釈)、そのまま砕けて霞みのように消えていったらしい。

 「あ、そうだ。黒陽石は? ……黒陽石でできた仮面は無かった?」
 「あ、それなら向こうにあるよ?」

 まどかちゃんに言われるままに顔を向けると。
 壊れた船の先首に、雨の魔物を模した黒陽石の仮面が引っかかっていた。

 『フォーテイン』で最初に見たときや、雨の魔物として闊歩していた時のような、禍々しい気配はもうそこにはなく。
 その様は、長年野ざらしになった墓標のようで……。

 あれどうするべきなのか、判断に迷った時。
 強い風が吹いた。
 今までさほど気にならなかった雨が、頬に痛い。


 「あっ」

 そして、今まで形作っていたのが嘘のように、それはぼろぼろに崩れて風に捲かれ、消え去ってしまった。

 
 「……」

 オレはそれに対して何を思えばいいんだろう?
 ただ、身体の痛みより、心が痛んだ。
 自分が生きるために、そして自分のいいように、自分本位で、片方の可能性を切り捨ててしまった。

 それを受け入れるのは、すぐにはできそうもない。

 快君の子供のような、明るい声が。
 中司さんの、教え諭すような、落ち着いた声が聞こえるような気がする……。

 それは、オレのことを責めているんだろうか。


 「……っ」

 オレはそれから無理矢理視線を逸らすようにして、立ち上がる。


 「行こう、まどかちゃん。きっとゴールはもうすぐそこだろうから」
 「……」

 まどかちゃんは黙って頷いてくれた。

 ただ、その表情は悲しみに染まっていて。
 それがオレの表情を映したものだと気付いたのは、その後すぐのことだった……。


 
          ※      ※      ※



 再び、しとしとと、始まりの雨が降り出す。

 オレたちは、ゴール……観覧車、『フィリーズ・ホイール』の乗り場へとやってきていた。
 全てのアトラクションを見たわけじゃないけれど。
 その観覧車は、三輪ランドで一番大きなアトラクションなんじゃないかって思えるほどの大きさだった。

 ひょっとしたら、どこの場所からでも見えるように作られたのかもしれない。

 
 オレはもう一度、地図を広げてみてみる。
 地図の赤い線の終わりは、確かにこの場所を示していた。

 「観覧車に、乗ればいいのかな?」
 「うーん」

 まどかちゃんの言葉にオレが考え込んでいると。
 それに変わりに答えるかのように、低い機械の駆動音がして、ゆっくりと観覧車が動き出す。


 「……そうだね、これはきっと乗れってことなんじゃないかな」

 オレはまどかちゃんと目を合わせて頷く。
 そう言えば、ここに初めに来たときに、観覧車は動いていた。

 ひょっとしたら、まどかちゃんが近くにいたから、こうやって動いていたのかもしれない。


 「それじゃあ、乗ろうか。観覧車に始めて乗るのが無賃乗車だっていうのもなんだけどね」
 「え? 今まで一度も乗ったことないの?」
 「うん、覚えている限りではね」
 「じゃあ、同じようなものだね。わたし、家族以外で男の人と観覧車に乗るのは初めてなんだ」
 「……それは光栄だね」

 オレはおどけて微笑んでみせる。