小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

走れ! 第八部

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
翌朝、朝の5時に鳴るチャイムと役場からのお知らせの放送で目を覚ました。農家が多い村だから、夏場は朝の5時にそのチャイムと役場からのお知らせの放送で叩き起こされてしまう。それからもう1時間ばかり寝て起きる。着替えを済ませて居間へ行くと、すでに朝飯が用意されていた。竜平伯父さんも祐輔兄さんも、もう仕事に行ってしまったようだった。法子伯母さんが退屈そうにテレビを眺めていた。
「おはようございます」
「はい、おはよう」
 法子伯母さんはそう言うと、立ち上がっておれの朝飯の用意を始めた。用意された朝食は、焼き魚などのおかずに味噌汁と白い飯という絵に描いたような日本の朝食だった。しかし、津軽漬けがあったのは絵にかいたような日本の朝食と違ったな。津軽漬けっていうのは、数の子や昆布などをしょうゆ漬けしてあるものだよ。これが白い飯に合って、なかなかうまいんだ。津軽海峡を越えた先では松前漬けなんていうそれに似たものがあるな。
 朝飯を食いながらテレビを見る。おれの家は放送開始当時からめざましテレビを見ているのだけれど、さっきも言ったように当時も今も青森にはフジテレビ系列のテレビ局がない。なので、めざましテレビを見ることはできない。仕方なく、NHKのニュースを見ながら用意されていた朝飯を食った。
 朝飯を食い終わり、所沢とは全く違う空気の中の朝陽でも浴びようかと思って表に出ると、涼子さんがどこで手に入れたのか自転車に乗ってやって来た。
「おはよう!ねえ、ジュン君。伯母さんが自転車使っていいって言うから、サイクリングでもして来ようよ!」
「そうですね。僕もしばらく来ない間にこの辺りがどういう風に変わったか見たかったので、行きましょう」
 おれも法子伯母さんから自転車を借り、二人でサイクリングに行くことになった。涼子さんを連れて、村の中にある思い出深い場所がどのように変わったか見に行くつもりだった。しかし、気がつけば道を間違えてしまったようで、いつの間にか急な坂道を登り始めていた。
「あれ、こっちだったかな……」
 息を切らし、苦労して自転車をこぎながらおれが言うと、
「もしかして道を間違えた?」
 と、涼子さんはあまりこの坂道を苦にしていないような口ぶりで、クスクス笑いながら言う。電動自転車でもないのに、軽々と自転車をこいでるんだ。おれに体力がないのは、どうやらこの時からのようだったよ。
 ずっと坂道を登っていたが、急に緩やかな下り坂になった。そこからすぐ近くに、釣り堀と書かれた看板があった。
「お、ここにも釣り堀があるんだ!何が釣れるんだろう?」
「ニジマスですね。ここ、来たことありますよ!」
 竜平伯父さんの家を出て以来、ずっと舗装された道を走っていたので、どこに向かっているか分からなかったけれど、どうやらガキの頃、竜平伯父さんに連れて来てもらった釣り堀のようだった。その頃、今まで通って来た道は、まだ舗装されていなかった記憶があるんだ。だから分からなかったのかも知れないな。
「ニジマスか……。ねえ、釣りをして行こうよ!」
 涼子さんが言う。少し自転車をこぐのも疲れたし、そこでニジマス釣りをして行くことになった。
 森の中にひっそりとあるそこの釣り堀は、釣った魚の重さに応じて料金が決まるシステムだったので、料金を払う小屋に立てかけてあった釣り竿を取り、エサとビクを受け取って釣りを始めた。近くの川の水を循環させているのか、いけすで泳いでいる魚がよく見えるほどに水が綺麗だった。そして、浅虫の海釣り公園とは違って入れ食いだったので、ビクの中の魚もすぐいっぱいになった。この辺でやめておかないと、料金がどうなることやらと、高校生ながら心配していたけれど、
「わあ、また釣れた!」
 と、楽しそうにしている涼子さんをの様子見ていると、何となく釣り糸を垂らす手を止めてはいけないような気もした。
 結局、2キロほど釣ってしまったけれど、料金はそんなにかからなかった。他の釣り人が釣った魚を小屋に持って行っては塩焼きや唐揚げにしてもらっている様子を見て、
「もうすぐお昼だから、料理にしてもらってみんなでお昼ご飯に食べようよ!」
 と、涼子さんが言う。料理にしてもらうのは別料金のようだったけれど、それも悪くないと思った。それで、釣ったニジマスは全て塩焼きや唐揚げにしてもらうことにした。小屋にいた釣り堀の人の話によると、できるまでにしばらく時間がかかるそうだった。近くの自動販売機でジュースを買って二人で飲みながら待つ。天気がよくて、夏らしいひと時だった。
「ずっとここにいたいな……」
 涼子さんがそんな言葉をつぶやいた。おれも同じだった。所沢という中途半端な都会を捨てて、ずっとここにいたい。できれば、涼子さんと。心の中ではそんなことを考えながら涼子さんと二人で話していると、頼んでいた料理ができ上がったようだ。釣り代も含めた料金を払い、釣り堀のおばちゃんから大きな袋を受け取る。中にはごちそうがどっさり入っている。それを持ってまた自転車にまたがって坂道を下って行く。澄んだ空の下、遠くには碇ヶ関の街が見えた。村人に正午を告げるチャイムもかすかに聞こえた。
「お昼になっちゃったね!」
 涼子さんはブレーキもかけずに坂道を下って行く。何をどうしたらあんなにスピードが出るのだろうか。何とか追いつくのがやっとだった。
 坂道を下り終え、平坦な道を進んで家に戻った頃には、おれも涼子さんもすっかり汗だくだった。そんなおれ達を見た法子伯母さんは、すぐに支度をするから関の庄の風呂にでも行って来いと言った。関の庄とは、このすぐ近くの道の駅にある観光施設で、そこには温泉も併設されている。温泉と聞いて、涼子さんは喜んでいた。タオルなどが入った袋を法子伯母さんから受け取り、二人で関の庄へ向かう。
 家を出て国道七号線沿いを歩くと、武家屋敷風の建物が見えて来る。
「あれが関の庄ですよ!」
「随分と立派な建物だね!」
 涼子さんが目を丸くして言った。いつの間にかできていたこの関の庄も、以前は土産物売り場だけだったけれど、さらにいつの間にか温泉まででき上がっていた。入湯料を払って、それぞれ風呂場に入って行く。決して広くはない浴場だったけれど、山道を往復して疲れた体には、温泉のありがたかったこと。しばらく温泉に浸かり、また風呂場から出ると、涼子さんはすでに風呂場から出て来ており、ロビーの椅子に座って昨日のようにコーヒー牛乳を飲んでいた。どうも涼子さんにとって、風呂上がりのコーヒー牛乳は習慣のように思えてならなかった。持っていたカバンがお菓子だらけなら、家の冷蔵庫はコーヒー牛乳だらけなのかなって。そう思っているおれをよそに、涼子さんはおれに気づくと、
「おお、出て来たか!ちょっと早いかも知れないけれど、お土産を買って行こうかなって思って」
作品名:走れ! 第八部 作家名:ゴメス